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★はじめに(6)(7)(8)9)孤独と恐怖が甦る時(お泊まり) (10)

9.孤独と恐怖が甦る時(お泊まり)

恐怖の壁

目の前に表れる大きな壁は『思いだしたくない、過去の出来事』なのかも知れない。
逃げる事を止めて向き合う道を選んだ時、始めて大きな壁を突き破ることが出来る。

「どうする? もう、お泊まりはイヤでしょ。」と、悠希を覗き込む未奈。
「泊まりに行きたい。でも、また寂しくなって泣いちゃったら、どうしよう。」・・と。

1ヶ月前の恐怖

10月に幼稚園へ入園した悠希は、翌年の3月末(春休み)に2泊3日のスキー教室に参加。
今回、持ち帰ってきたプリントは、4月末に1泊2日のお泊まり会、参加者募集用紙だった。

1ヶ月前の悠希の様子が・・鮮明に甦る。
スキー教室へ参加申し込みをした時、悠希は喜んだ。ところが、参加日が1日1日と近づいてくると、夜中に、突然、 「ママー、ママー」と、未奈が現れるまで泣き叫んだ。

この姿は連れてきた当初、約半年前に逆行した・・と、思えた未奈は、
「穂乃ちゃんの家へ、1人でお泊まりに行く?」と、「うん」と喜んだ悠希。

しかし、この笑顔が苦痛の涙を流すことになった。

「夜になると、ママに会いたくなる。ママに会いたくて、涙が出ちゃう。どうしてなのか分からない。急に、寂しくなって・・、ママに会いたくなって・・、涙がでちゃうの。
どうしてなのか分からないの。昼間は大丈夫なのに・・・。」と、静かに、ゆっくりと話す悠希は『ママは居る、解っているのに・・心が苦しい、不安でたまらない、なぜ?』と、 自分の心が理解できずに、大粒の涙をボロボロと落としながら未奈に訴えた。

未奈が悠希を抱きかかえると・・、
「穂乃もダメなの、1人でお泊まりも留守番もできないの」と美也ちゃんの声が流れた。

5日後のスキー教室に悠希は参加、戻ってきた悠希の顔は、泣き腫らしたような疲れが滲んでいた。 それでも、「スキー教室は楽しかった・・・」と、ほんのり笑みを浮かべた。

参加申し込み後に起こる興奮は『楽しみの証』。でも、夜中に泣き叫くのは『恐怖の証』。

決意

その晩、仕事から戻った慎也がチラ見すると、
「また、泣いちゃうよ。止めた方が良いよ。」と、素っ気なく言葉にし、
「なっ」と、悠希に声を掛けた。
「ムッ」とした悠希、その反応に驚いた慎也の視線と火花を飛ばす悠希の視線、
「行きたい!行く!」と、怒りを飛ばす大声は『アッタマニキタ~ァ』と叫んでいた。

そんな慎也の言葉が悠希の迷いを取り除き、意志を表明させた。
全身から炎を吹き出させた悠希は、自らの意思で克服する道を選んだ

その後、悠希が眠りに就くと、難しい顔をした慎也の手にはプリントがあった、

「この住所は、どこだ…?『現地集合』って、書いてあるから近いんじゃないのか?」
「そうだね、其処に書いてある住所は、この部屋から1時間もかからないと思うよ。」
「それならさ、夜中でもなんでも迎えに行けばいいよ。
 取り敢えずは悠希ちゃんが『行きたい』というんだから、入れてあげれば、なっ。」と、
 慎也の言葉は未奈の迷いも消した。

世間一般の常識に阻まれる

お泊まり会、当日、車に乗り込んだ3人は、悠希の緊張を、空気で・・肌で・・感じ取り、 車内は重苦しい空気を漂わせたまま、約1時間走り続けて・・現地に着いた。

緑に包まれた環境の中に平屋の建物、田舎の公民館を思い出す未奈・・・ホンワカ。
悠希の手を握る未奈は、今にもはち切れそうな緊張を受け取る・・バクバクの鼓動。

対照的な2人の足は建物の中へ、広々とした空間が目の前に広がる。視線を動かすと、片隅には先生を囲んだ、6・7人の中高生の輪があり、何やら話をしている様子だった。

悠希の手を握り直した未奈は、
「行くよ」と、悠希に声を掛けると、先生の処へ歩み寄り挨拶をした。そして、
「もしかして、悠希は、夜中に泣いてしまうかも知れません。」と、口火を切った未奈、
「大丈夫ですよ。この子たちが面倒を見てくれますから、面倒見がいいんですよ。」と、
輪の中にいる子供たちを指さしながら・・・微笑む先生。

『ダメだ、これじゃぁ、スキー教室と同じだ、今日はちゃっんと・・』と噛みしめる未奈。
子供が親と離れて1人でお泊まりをする場合『親が心配して当たり前』『子供が寂しがって泣くのも当たり前』と、世の中にはびこる認識は・・未奈の声に耳を貸さない。

「すみません、もしも、悠希が泣いてしまったら、電話を掛けさせて頂けますか?
私の声を聞けば、落ち着くと思いますので・・」と、

言葉を切った未奈は、先生と話ができる事を望んでいた・・・が、反応なし・・、

「あの・・、私の携帯電話を持たせても、よろしいでしょうか?」と、声を掛け直す、
「はい、分かりました。この子たちが居ますから、大丈夫ですよ。いつも私は助かっていま
 す。」と、耐えることのない笑みを飛ばしながら、さらっと流した・・が、
「お母さん。ご心配ならば、少し此処にいて、様子を見ていてもいいですよ。」と、
補足された言葉は、先生には、何も伝わらない事を意味していた。

そんな先生の言葉に苦笑いを浮かべた未奈は、諦めるように頭を下げた・・・、
悠希と向き合い、しゃがみ込んだ未奈は、悠希に託すことにした、

「我慢をしないでいいよ、ねっ、
 電話を掛けてきていいんだから、ねっ。
 ママは、お家にずーといるから、いつでも、何時でも、電話をしてきていいからねっ。
 それでね、
 電話を掛けてくる時には、必ず、先生に声を掛けて、許可を貰ってから掛けてきてね、
 (ガチガチに・・固まった・・ままの悠希)
 此処に入れておくから、・・ねっ。」と、鞄のポケットに携帯電話を入れた。

一言、一言をゆっくり言葉にする未奈は、悠希の頷きだけを頼りにしゃべり続けていた。
そんな未奈の口が『一緒に帰ろう』と・・、口が動きそうになったが・・、飲み込んだ。

悠希から滲み出る、必死さ、と、顔に “我慢” “我慢” がいっぱい張り付いていた。
そんな悠希を見続けることが出来ずに「悠希、ママ、帰るよ、いい?」と、声を掛けると、

不安げな表情を浮かべているのに、今にも泣きそうなのに、しっかりと頷く悠希。
未奈は、今一度、先生に深々と頭を下げると・・車へ戻った。

音のないテレビ

家に着いた未奈と慎也は素早く夕食を済ませると、動く事も音を出す事にも気を遣うように、 明かりが灯る部屋で音のないテレビへ視線を向けていた、

「悠希、偉いよね、逃げ出さずに、向き合おうとしている・・。
あんなに苦しそうな顔をしているのに、必死に自分の心と戦っている、偉いよ。」と、
未奈が囁くような声で、ゆっくりと言葉を流す・・と、
「ほんとだなぁ。偉いよ。」と、慎也の声も囁かれた。

会話を拒む2人の全神経は、電話のベルだけに注がれたまま、夜9時を回った。
電話に飛びついた未奈、車のキーを持って玄関に立つ慎也。

そんな受話器から流れてきた声は、礼儀正しく挨拶をするお姉さん(中学生)の声だった。
なんとなく、1拍を置かれた気分を味わう未奈は、ちょっぴり気持ちが静まる・・、

「もしもし、」という悠希の声は涙声、
「どうした、迎えに行こうか…?」と、ゆっくり尋ねる未奈、
「涙が出て止まらないの、ママに会いたい。でも泊まりたい。」と、

必死に涙を堪えて言葉にする悠希の声は『頑張りたい』と、意思表示していた。

「そうか、お泊まりをしたいんだ。そっかぁ、解ったよ。
今日は、楽しかった? 何をしたの?」と、声を掛けても悠希の声は聞こえない、

未奈に届くのは、必死に涙を堪えて、自分の心と戦っている悠希の姿・・だった。
そんな悠希に対して未奈は、意識して、明るく、ゆっくりと声を掛ける。

「お姉ちゃんと一緒に電話を掛けているんだね。良かったね。
どこから掛けているの?」
「おトイレ。」
「そうか、おトイレなんだ。悠希は、ひとりぼっちじゃないよ。
ほら、今も、お姉ちゃんが側にいる。悠希と一緒にいる、
ひとりぼっちじゃないよ・・ねっ、良かったね。」
「うん、」
「ママは、いつでも、悠希の側にいるよ。どんな時でも、いつでも悠希の側にいるよ。
悠希は、ひとりぼっちじゃないよ、ねっ。」
「うん、」と、返事を繰り返す悠希とのやりとりが・・・5分を過ぎると、
「おやすみ」と、悠希から言葉が届いた、未奈の頭が動くと、
「おやすみ、楽しい夢を見てね。」と、明るく応えた。
「うん、」と、応えた悠希の声と共に電話が切れた。

受話器を抱きしめたまま、頬を緩める未奈が振り返ると、
「頑張るんだって、おやすみ・・だって、」と、得意そうに言った。
「そうか、じゃあ、明日は遅刻しないで迎えに行こう」と、強張らせたままの慎也。

追記

悠希の心を救ったのは、もちろん、悠希自身。
しかし、1人では何も出来ない、必ず、回りにいる誰かの協力があればこそ・・である。

悠希は、この日を期に、1人でお留守番もお泊まりも出来るようになった。
また、1つ、本来の悠希を取り戻した。

心に刻まれた人生の学びは、消しゴムで消すように簡単には消えない。
それでも、諦めずに自分を信じて向き合えば、きっと日々の時間が楽しくなる。

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