恐怖から身を守るために、抵抗・回避などを試みたけど、何も変わらない、何もできない、と、あきらめた。その事を学んだ→→→『学習性無力感』。

千葉県野田市の虐待は沖縄県糸満市から始まっていた

野田市10歳女児虐待死

2019年1月24日、千葉県野田市10歳女児虐待死事件(2017/8末、沖縄県から引っ越し)
2017年10月11日、母親は野田市の職員に不安を吐露。心愛さんを『要支援児童』認定

同年11月 6日、学校のアンケート調査に『お父さんに暴力を受けています、夜中に起こされたり起きている時に蹴られたり叩かれたりされています。先生どうにかできませんか』と。11月 7日、学校が市を通じて、柏児童相談所に通報『要保護児童』と、認定

柏児童相談所は、右頬のアザ確認、緊急度を最高の『AA』と判断し『一時保護』した
         ところが父親から聞き取り後に、12月27日、親族宅へ心愛さんを戻
         し、緊急度を下から2番目の『B』と判断し『一時保護を解除

その後、2018年3月上旬、心愛さんは親族宅から自宅へ戻る。また、柏児童相談所は一時保護解除後、一度も確認をとっていない。1月24日、心愛さんは虐待死・・・・・

柏児童相談所の対応、納得できない・・・いったい何?。なぜ『要支援児童』『要保護児童』と認定し、緊急度まで最高ランクを付けて『一時保護』 をしながら “解除” なの。

この意味わからぁ~ん。家庭内暴力は一時的な暴力だと、思っているのか? 暴力を振るう人は簡単に直らない。柏児童相談所は父親が怖くて逃げた、としか思えない。

気になったのは・・、転校して間もないのに心愛さんはアンケートに答えた、しかも「先生どうにか出来ませんか」と、はっきりと助けてと言っている。これは最後のSOSだ。

気になったのは沖縄に住んでいた当時の事(沖縄県糸満市は母親の実家)

心愛さんは、小学3年(2017.7)の夏まで沖縄県に住んでいた。
 ・同級生たちは体のアザを度々目撃。・家の中から泣き声や怒鳴り声が流れた。
 ・沖縄県で通っていた学校のアンケートに、父親の暴力と助けを求めていた・・。

  小学1年の時に「お母さんがいないとパーで殴られる、痛くていつも泣いている」
         「お父さんは、裏表がある」
         「背中・すねにアザ、手や腕にはひっかき傷」
  小学2年の時に「お父さんにやられた、(アザについて)」
         「お父さんは優しいよ、私が言うことを聞かなかったのが、悪い」

2017年 7月 母親の親族は市を直接訪ねて、父親の暴力を訴えた。
       は、親族から相談があった翌日、心愛さんが通っている小学校へ連絡。
       また、7月14日に県中央児童相談所にも状況を伝えた。

ところが、沖縄県の児童相談所の対応は、
    「少ない情報で判断できない、市に支援体制を整えて下さい」と、言った。

母親の親族は心愛さんの事が心配で、8月中旬にも市を再訪した。

糸満市は野田市へ

糸満市は野田市へ、
    ①妻に対して夫が支配的で、精神的DVがある様子もうかがえる。
    ②妻は夫以外に頼れる身内がいないので生活の不安が高まる可能性がある。
    ③夫婦のパワーバランス、家族の関係性も懸念される。
    ④訪問での支援をお願いします、
   ※母親に行政の子育て支援サービスの利用や乳児健診を受けさせるよう要請。

ところが親族から連絡があった心愛さんへの「どう喝」については引き継ぎなし
糸満市の担当者は「虐待の事実が確認できなかったので引き継がなかった」と。

児童相談所・・は、誰の身方?

誰のために、その組織を作っているの? 大人の嘘を隠すため? 子どもよりも大人を信じるその姿勢は、子どもを守れない。子どもの見方は児童相談所・・だと思うのだけど、

児相の問題点は、虐待死が起こった児相のみではない

沖縄県に住んでいた当時から心愛さん・母親・親族の方は、父親の暴力を訴えていた。

心愛さんが小1・小2で話している、内容は虐待そのものである。
     ①お父さんは裏表がある。
     ②アザについて、お父さんにやられた
     ③お父さんは優しいよ、自分が言うことを聞かなかったのが悪い

一般の人には、虐待として理解できない言葉は、
  ③の「お父さんは優しいよ、自分が言うことを聞かなかったのが悪い」

  これは、一般的には、虐待ではなく、しつけと理解されてしまう言葉です、が、
           これこそが虐待を表しています。

殴られているのに優しい人、というのは、虐待を耐えている証拠なのです、
虐待を受けている子ども、暴力を受けている配偶者は、耐える事を学んでしまいます。

  だから、助けを求めている時は、声を出した時は、最後のSOSなのです。
      この時に、SOSが届かなければ、諦める道を歩んでしまうのです。
      (すると・・依存・・なんて言葉を使われてしまいますが・・)

この理由には、親は殴る時に必ず「お前が悪い、お前のために怒っている」などの言葉を添えます。 つまり「殴りたくないのに殴るのは、お前のためなんだ」と、自分の暴力を正当化する、被害者が子どもでも配偶者でも「自分が悪い」と、責任を背負います、

それが慢性化されてしまうと・・、元の鞘には収まりません。家庭は崩壊です。
国は、元の鞘に収めたい。それならば尚更、1日でも早く、加害者と被害者を引き離し、別々に勉強(?)が必要なのです。(専門用語ではなく_(._.)_)
お互いが距離を置く事も大切なのです。被害者には、自由がある事を伝えるためです、

弱者の声は・・誰にも届かないのか

助けを呼ぶのは、自分1人ではどうすることも出来ないからです。

被害者だった母親を共犯者にしてしまうのは、助けを求めた時に助けてもらえなかった。
弱者である被害者を1日でも早く救わなければ、このような結末を迎えてしまう・・。

    弱者が声を出す勇気は、とてつもなくどでかい勇気が必要なのです。
    その勇気を理解して下さい、お願いします。全国の児童相談所様

の、教育というのか、心のケアさえもしていないのに、虐待する親の元へ戻せば・・・ このとき、加害者の心のケアは必ず必要、普通の考え方を持つには、かなりの時間が必要です。 一時保護した子どもが、もどされたならば、加害者はもっと虐待をする。 加害者の気持ちが、心がケアされていなければ、 その15年後くらい後に、離婚しました。 その力を大きくするために、 加害者は束縛・拘束・監視・監禁などを繰り返す、 人は環境で変わります。
被害者は加害者からの命令を聞くだけ、

家庭という牢獄の中では、 そのため、加害者は、生み、力を大きくしていきます。
被害者は、ますます自由を奪われる、しかも、行動だけじゃない、心も奪われるのです。

被害者は、ただ、耐える事だけを学ぶのです。僅かな自由を求めて。 まず、声を出すことが出来なくなり、顔から表情が消えていく、笑顔が消える。 が生まれ、の家の中にいるようなものなのです。 自由を奪われると、人は、顔から笑顔が消える。 笑顔が消えると、希望などありませんから、無表情になる。無表情は顔の表情だけではありません。 心も無反応になっていく、 暴力を振るう加害者の気分の中で日々の時を刻まなければならない。 この現実が問題なのです。 牢獄へ押し込められているのです。 なぜか、助けるという行動が迅速では無い事が問題なんだと思う。

子どもは、大人がいなければ、生きてはいけないことを知っています。

   つまり、大人に守られている事を、子ども自身が知っているのです。
   また、守ってくれる大人がいなければ、生きてはいけないことも知っています。

※この事件の前に※
児童相談所に助けを求めた子どもが、助けてもらえず、自殺した出来事もあります。

  『虐待を受けている子どもにとって、頼る大人とは、児童相談所』なのです。

児童相談所が子どもを見捨ててしまえば、子どもは生きる望みも失ってしまう。
そのこのことを、児童相談所はしっかり認識して子どもの味方であり続けて欲しいです、

児童相談所という組織は、子どもを守るために作られた組織ですよね・・・。
         よろしく、よろしく、お願い致します。_(._.)_

虐待が明らかになっていたのは、以前に住んでいた時からだ、
親の引っ越しは、監視されていることを拒んで、避けるために、引っ越しをする。

そんなことは児童相談所自身も理解しているはず、
それでも、関与しない児童相談所には、他にも理由があるのだろうか・・。

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