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トラウマprofile・・かな_(._.)_ (慢性ショックの流れ)

このPageはスルー、大歓迎です(^^)、管理人の戯言に過ぎませんので、(^-^)/
改めて、自分の心と向き合ってみようかな・・、そんな思いで書いてみます。

心に傷が付く流れは、意外にも『本人は気づかない』事が多いのです。また、良く耳にする言葉に「心の傷を癒やす」という言葉がありますが、 これは、例えば、温泉に入ってホッとする。のと同じ意味で、『心の傷から解き放された』とは、全く別ものです。(厳しくてm(__)m)

心の傷は、閉じ込めるのではなく、解放しなければならない。
●心の傷から解き放されるためには、自分の心と向き合うこと。(お勧めです)
●トラウマから解放されると、顔も気持ちも変化します、(体験者は語る・・かな)

私が過去に抱えていた気持ち(心)は、常に、どん底、でも、表面的には、よく笑う、活発な元気な子供でした。だから、本当の私を誰も知りません。ここが自慢、でも誇れません_(._.)_

ショッキングな出来事の始まりは、当時3歳の時、突然、母と兄が家の中から消えた。
母を探して家の中を走り回っていると、突然、父親の満面な笑顔が、私の目の前に現れた。
すると、女性を引っ張り出して「今日からこの人がお母さんだよ」と言った。

【3歳】ダブルで襲ってきた、ショッキングな出来事に対して私は心と口を閉じた。
    また、自分を責めた「私が悪い子だから、母と兄に嫌われた」と。

その3年後に家族が1人増えた、誰が観ても幸せな家庭・家族に見えたこの時期に、私の心も回復へと向かっていた、継母の言葉を信じる、今一度、大人を母親を信じる事に、決めた・・と。
「行ってきます」と笑顔で挨拶をした私は、継母と隣に眠っている赤ちゃんに声を掛けた。
「いってらっしゃい」と笑顔で、今まで見たことのない、笑顔で見送ってくれた継母だった。

   あの笑顔は忘れられない、一粒の曇も濁りもない、澄み切った笑顔
   とても生き生きとして、輝いていた、こんな継母の笑顔は・・初めてみた。

この日、小学校から帰ってくると、我が家を取り巻く多くの人に驚いた。でも、私は家へ入ることを許されず、大人の目を盗んで飛び込もうとしたら捕まった。
そんな大人たちの言葉が聞こえてくる。「自殺したんだってよ」「可愛そうに」「大丈夫、小さいから直ぐに忘れる」と、大人たちは私と我が家を見つめて、勝手に話していた。
そうして3ヶ月を迎えようとしていた時、父親は生まれたばかりの赤ちゃんと死を選んだ。

【6歳】の子供の人生が大きく変わった。家族を失い、家を失った子供が行き着くところは、
    無い・・・、邪魔扱い後に、見ず知らずの地・家へ里子として引き取られた。
   ※邪魔扱いされた子供の心に宿ったものは「恐怖」と「孤独」だった。

【22歳】6歳の時に恐怖と孤独を学び、大人への不信感を持った。この心の傷はずーと持ち続
    けて、22歳の時にある出来事により人間不信に陥った、1週間引きこもった。
   ※引きこもりは自ら作り出す、脱出するのも自ら飛び出さなければならない。
    また、引きこもる期限は・・1週間だ、と、当時の私は思った。

【24歳】この世に生まれて初めて『幸せを実感できた』出来事が起きた。
    それは第一子の誕生。孤独から脱出。はじめの家族ができた、そんな喜びを得た。

    しかし、両方の親から結婚を反対された、でも、授かった命を育てたくて産んだ。
    その後は、子供の父親は酒乱に変身、私は子供を連れて未婚の母の道を選んだ。
    赤ちゃんと共に貧困路線を進むことになった・・切ないのは、子供に苦労を掛けた事。

家庭内暴力に見舞われたのは、父親も養父もあったようですが、私にはそんな記憶はない。
 でも、母も兄も父が怖かった・・と、養母も養父が酒を飲むと怖い・・と言っていた。
 家庭内暴力に直面したのは、私が知り合う男の人の暴力だった。だから子供と共に逃げた。
 時折考える、私の何が相手に暴力をふるわせるのだろうか・・と。

【35歳前後】からの人生は、ボロボロになる。(なぜでしょ・・?)
    小学生の子供は、虐めと恐喝に遭う、誰に相談しても取り合ってもらえず、登校拒否
    養父が他界、その2年後に養母も他界、私は三度、帰る家をなくした・・(ボロボロ)
    この時期は住んでいた団地にて嫌がらせに遭う、子供は再び登校拒否・・(辛かった)
【38歳】「お金がない、借りている部屋を追い出された」と、元彼が我が家に転がり込んだ。
    団地の嫌がらせが少し弱まったが、子供の登校拒否は悪化。
【39歳】第2子出産、そして2年が過ぎると最強の落ち込みの波がやってきた。
【41歳】第1子の死、当時17歳、突然の事故死は、私の心も連れていった。(鬱・PTSD)

本格的な心の傷と戦う、第2子も恐怖と戦う日々を刻む。
親は子供を産むと、自分のトラウマを子供を通して再現してしまう。
子供のトラウマを解放するには、親が抱えるトラウマを解放しなければならない。

50歳の時に体験したのは、体の中で心をむしばむ異物が、突然、外へ飛び出した。
この時、『お腹が軽い』 と大騒ぎした、とても不思議な気分でした。同時に、妙なすっきり感を味わった。 こんな体験をしたことがなかったので、ほんと、ビックリしました。

周りの人にも驚かれるほどに、顔が変わったようです。
私自身も、自分の変化を実感できました。(勉強を始めて4年が過ぎたときでした)
何度も、何十年も「死にたい」を掲げていた私でしたが、、今は全く過ぎらなくなった。
私の人生ってなんなんだ・・・、なんてね。
それでも、生きています。こんな人間がこのサイトの管理人です。宜敷お願い致します。

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