( no.1) 待望の赤ちゃん誕生 私の両親(養父母)の仕事は行商と農業です。行商へ行くと、遠方まで足をのばして売り歩くた め、家に戻ってくる時間は平均で9時頃になりました。その両親の帰りを、いつも1人で待って いた私の夢は、“子供と兄弟のような友達になりたい” でした。(当時10歳) 今その夢が叶った。 妊娠を知った私は(当時23才) “赤ちゃんがいる。もう独りぼっちじゃない。私の処に来てくれて ありがとう。赤ちゃんありがとう!” その思いのみに包まれていた。 そして、赤ちゃんの父親、中島さん(当時、医大生26才)の処へ行き、産みたい思いを伝えた。 すると、「産んでいいよ。」と、彼が言った。私はその言葉に胸をなで下ろしていると、 「お互いの両親に電話を入れよう」と、彼が言う。まず、彼が自分の親に電話を入れました。 「赤ちゃんができたから産むよ。一緒に暮らすよ。」というと、受話器は私に回ってきた。 私が、もしもしというまもなく、受話器の向こうでは、強い口調で、 「貴方みたいな人とは、結婚を認めません!身分違いです!家の息子をたぶらかして、すべて 貴方が悪いのですよ!」 と激怒。声のトーンがドンドン上がって、「認知も絶対に許しません! 息子に代わって。」 そのまま受話器を彼に渡した。彼も何も言わずにただ聞いていた。 その後は泣きじゃくる私に、「ごめんな気にするな。よく我慢した。」と、なだめる彼がいた。 また、私の両親も子供を産むこと事態が大反対でした。 「結婚もしていないのに妊娠して恥さらし!もう帰って来なくていい!子供が子供を産んで育て られるわけがない。」 と、凄い剣幕で怒鳴りたいだけ怒鳴って電話を切った。 そんな親たちの言葉に私が泣き崩れていると、もう1人の私の声が耳元で囁き続けた。 “赤ちゃんがいるよ。もう独りぼっちじゃないよ” と、その言葉を何度も繰り返して噛みしめてい ると、私の心は不思議と穏やかになった。また彼が言ってくれた 『産んでいいよ』 の一言が私 を包んでくれました。“たった1人の身方だ。誰が何を言っても何も考えずに、彼の後を付いて 行けばいいんだ” と、私1人が幸せ気分に酔いしれていたのです。 それから1ヶ月が過ぎると、生まれてくる赤ちゃんと3人で暮らせる部屋へ引っ越した。 しかし、そのささやかな幸せすらも、崩れ去る現実が待っていた。
( no.2) 彼は酒乱だった(DV) 彼は何をするにもどこへ行くにも私を誘い連れ歩く人でした。 そんな彼の行動や言葉が私を幸せ気分に導き、その幸せが日々お腹に現れているかのよう に膨らんだ。お腹の赤ちゃんは8ヶ月を迎えました。 妊娠をしている私の身体は自分でも持てあますくらいに重く感じ、同じ姿勢を保つ事にも悲鳴 をあげだした。特に、彼の友達の家へ一緒に行き彼が麻雀を終えるのを、私はただ待ってい るときが一番辛かった。そんなある日、彼が麻雀をしている横で私は身体からの悲鳴に耳を 傾けていた。『辛いよ、寝ころびたいよ。今度こそは麻雀に誘わられたら断ろう』と、何度も呟 いていた。数日が過ぎると、いつものように、「出かけるから用意して、友達の家で麻雀だよ」 と彼の弾んだ声が飛んできた。私はドキドキしながら、「今日は行きたくない。お腹が重いか ら…いってらっしゃい」 と、笑顔で送り出した。 送り出した後、独りぼっちの寂しさに耐えられるのか、彼を怒らせてはいないのか、とても不 安でした。ところが、“お腹の中には赤ちゃんがいる。もう独りぼっちじゃない。”この思いは、 そんな不安をいとも簡単に打ち消した。そして、孤独だった過去の私をも優しく包んでくれた。 ちょっぴり強くなったような自分に支えられ、この日を境に麻雀の誘いを断るようになった。 麻雀の誘いを断り続けて3度目の今日、彼に異変が起きた? いつものように、お酒を飲んで帰ってきた彼は、無言のまま、真っ直ぐ窓に向かい雨戸を閉 め出した。その様子をキョトンと見つめていると、いきなり大声で怒鳴ると手当たり次第に物 を掴み投げつけてきた。「やめて!」と、泣き叫ぶ私の声を無視して物が宙に舞った。暫くす ると、彼はおとなしく布団に入って眠ってしまいました。 次の日の朝、彼の態度は一変します。 私の目の前に立ちふさがると、足元にひざまずき土下座をしました。そして、「昨夜は悪かっ た。もう二度としないから許してくれ本当に悪かった、許してください。」と、大声で謝りながら 何度も頭を下げている彼がいた。 私の頭の中では、昨夜の怖ろしい光景が、彼の姿が刻まれているのに…、今、目の前にい る彼は、優しい顔をして私に許しを求めている。“いったい貴方は誰?どっちが本当の貴方な の?”と問いかけたくなった。その思いを抑えていると頭の中は真っ白になり言葉を失った。 謝り続ける彼の声で我に返えると、慌てて 「もういいよ。頭を上げて…分かったから…」 と、 いいながら、頭を上げさせると目の前にいる彼はいつもの笑顔を取り戻していた。 しかし、この日のショッキングな出来事はこれで終わらなかった。逆に、この日を境に彼の行 動はどんどんエスカレートして、殴る蹴るは当たり前になり包丁も飛んでくるようになった。 そして、次の日の朝は、必ず土下座して謝り続けた。 私はというと、彼の暴力から逃れるために部屋を飛び出すと彼が眠りにつくまで外で時間を つぶして部屋に戻る。または、あまりの怖さに隣の家へ逃げ込んだ時もありました。 そんな日々を送っているのに、なぜか、お腹の中にいる赤ちゃんを見つめて、夢や希望を 託していました。また、“赤ちゃんが生まれたらきっと元の優しい彼に戻ってくれる” と、呪 文のように言い聞かせていた。
( no.3 ) 生まれたよ。 出産予定日はクリスマスイブです。ところが、病院は25日から冬休みに入ります。そのため 人工破水をすることになりました。手順は3時に病院へ行き破水をすると一度家に戻り、夕 方に改めて入院する。ということで、12月17日の午後3時に人工破水をしました。破水から 約3時間半後に元気な男の子を出産。赤ちゃんの泣き声は「ふぎゃ〜」と一泣きでした。 看護婦さんが赤ちゃんを抱っこして、私の顔を覗きこみながら声を弾ませた。「可愛い男の 子ですよ。おめでとうございます。おかあさん」と言ってくれました。“おかあさん” なんてス テキな響きなんだろう。と思う反面、とても照れくさかった。赤ちゃんの第一印象はとても小 さくて(2970g)小さい鼻なのに高い鼻、マツゲが長かった。とっても可愛かった。(ハイ早く も親バカです)この日は興奮して眠れない夜を迎えた。 赤ちゃんを見つめていると、自分の過去がよみがえった。 幼い時から心の中で、何度も何年も繰り返して呟いてきた言葉があります。それは【なぜ、 私は生まれてきたのだろう。私なんか生まれて来なければ良かった。どうして私1人を残す の、私も連れて行ってほしかった】と。呪文のように唱えながら生きてきた子供時代。 その私が、今日は生まれて初めて、この世に生まれてきたことを感謝しました。 赤ちゃんを見て、触れて、声を聞いて、この上ない幸せに包まれた。その瞬間、今までの過 去に清算ができたように思えて『ありがとうお母さん。私を女の子に産んでくれて』と感謝の 言葉が自然に口をついた。 また、 “ねーねー誰か聞いて、私は幸せです。だってお母さんになったのよ” と、騒ぎまくる 私もいた。この喜びを誰かに伝えたいのに、誰もいなくてちょっぴり寂しさも味わった。 いろいろな思いが私の心の中で駆けめぐっていた。 そんな私の横には、赤ちゃんを見つめ、抱っこして誕生を喜んでいる彼がいた。その彼の顔 にもとても優しい笑顔があった。 病院での一週間はあっという間に過ぎ去り、明日は退院の日です。 退院当日いいようのない不安に襲われた。『あの部屋に戻る』という行為に対して、私は怯 え足がすくんだ。その思いを打ち消そうと赤ちゃんを抱きしめた。“この子をどうしても幸せに したい…やっぱり父親がいるよね” と、心の中で呟くと重い足を動かした。 たどり着いた場所は、あの恐怖部屋の前、ドアを開けると、そこには何も変わらない現実が 待っていた。 その反面、私の心の中には “幸せ” の2文字は消えることがなかった。赤ちゃんの名前は “良太”と名付け24歳のママが誕生した。良太は夜泣きもなく、お腹がすいたときにだけ泣 き、一日一日と成長を重ねて、私に微笑みを投げかけてくれるようになった。そんな良太を 見つめては“私の人生はこれからだ”そんな思いを膨らませていた。 一方、彼は何も変わらなかった。繰り返される暴力の中で、“私だけが我慢すればいい、良 太のためならば、こんな出来事ひとつも辛くない。どんなことがあっても、たとえ世界中が敵 でも私の命に代えて守り抜く”そんなことを呟いていた。また、時は流れても、結婚、入籍、 認知…そんな話題は一度もでなかった。 そんな日々が過ぎ去る中で、良太はもうじき4ヶ月になろうとしていた時のことです。 この時期の私は良太だけを見つめていた。一方、彼に対しては、顔を合わせること事態にも 怯えていた。そのため彼がもうじき家に戻ってくるであろうの時間帯になると、布団にもぐり 息を潜めて寝たふりをした。(幼い頃もしていたなあ…息を潜める) そして、布団の中で耳を 澄まして音だけを聞いた。ドアの開く音。酔っぱらった彼の声。物を投げる音。歩く足音。暴 れるだけ暴れると、私と良太が眠っている部屋のドアが開く。すると、そのまま静かに眠りに つくか、私を起こす…。この行動がパターン化されていた。 ところが、今日の彼のパターンは、良太が眠っている横に転がり込むと、彼の手は良太の 頭を叩いた。「バシッ」 その音と共に、私は起きあがると良太を抱えた。“許せない絶対に 許せない” と心の中で呟くと、「殴るのは私だけにしてよ!」 と、大声で怒鳴っていた。する と、彼は、「あっ、ごめん、悪かった。」と、言葉を残して眠りについた。次の朝、私の目の前 には、いつものパターンで土下座する彼の姿があった。その姿を見つめながら“良太を守れ るのは、私だけなんだ”と呟いた。 数日後、彼が寝静まった頃を見計らって良太とバック一つを抱えると、この家を飛び出した。 外はとても静かで目の前の道はうっすらと白くなっていた。空を見上げると雪が舞い降りて いました。その雪を見つめていると、『私には行くところがない。』 と、思わず口から漏れた自 分の言葉で現実に引き戻された。 一気に不安が押し寄せて心細くなった。その思いからなのかアパートを振り返った。 “彼が寝ている部屋には、どうしても戻りたくない”そう思いながら目線を隣の部屋までの ばした。そこには暖かそうな明かりが漏れていた。その明かりに誘われるように歩き出す とドアの前に立ち、ノックをしていた。