( no.47 ) 終わりのない闇 横浜を離れ、長野に戻った私ですが、日常生活を送るための家事すらも意識をしないと動け ず、すべてのことに対して無気力でした。 相変わらず、良太を追い求め、酒を握りしめては飲み続けていた。そんなときに、 「どうしたんだよ、未奈らしくないだろう。」と、彼の声が…言葉が…聞こえてきた。振り向くと 「以前の未奈が俺は好きだよ。昔の俺はついて行くことが大変だったけど、今の俺なら付い ていけるよ。」という。このとき私は彼も私の本当の気持ちはわからないんだ。そう思いなが ら、「昔の私じゃないの。」と、ひとことを言うと泣いてしまった。 今の私は生きる意味もない。生きていることすら実感がない。そんな私に、一体何を求めて いるの? 私にどうしろと言うの。抜け殻なのに…そんな思いを心の中に秘めていた。 その後の彼は私に対して何も言わなくなった。逆に、私を励ます言葉や攻める言葉? そのよ うな言葉も使わず、ずーと見守り続けてくれました。 私は家にこもり1人では一歩も外へ出ることができなくなっていた。また人に会うこともイヤ でした。毎日毎日、泣いてばかりいた。 そんな私に、いつも彼は明るく声をかけてくれた、私のために時間を作ると、 「よし、出かけるぞ。」と、いっては外へ連れ出し、あっちこっちにドライブに行きました。 でも、私は車に乗っていても、景色が変わっても、何も見てはいなかった。ただひたすら、 頬を伝う涙を拭いながら、景色を見ているふりをしていた。 この日も、いつものようにドライブをしていましたが、彼は、「目が疲れて運転ができないか ら、代わってくれ。」と、言った。仕方なく運転席に座ったが、私自身は運転なんかしたくは ないし、彼が運転してきた道も見ていない。よって景色も見ていないのに、「道を間違えてい るかも…。」と、彼が言い出した。私は何も考えられず、「どうするの?」と、言ったが彼は返事 をしなかった。目線を横に流すとお店屋さんが目に入った。「じゃあ、あそこへ行って、聞いて きてよ。」と、彼に言葉を投げ捨てた。でも、彼は助手席に座ったまま動こうとはしなかった。 その姿に苛立って、「良太だったら聞きに行ってくれるのに。」と、泣きながら怒鳴っていた。 彼はビックリしたような顔をして黙っていた。 (彼曰く、この時期の私は訳が分からないことをすぐ口にする…と言っていた。これは良太を 追い求める私の心が、何が現実なのか自分でも分からなくて、騒ぎまくっているらしい。完全 にPTSDに犯されていた私です。) そんなある日、私は自分の世界に彼を巻き込んでいることに初めて気づいた。 でも、彼はそんな私に負けず、涙がとぎれるのを待っていたかのように、 「もうそろそろ、お酒の量を控えようか、止めなくてもいいから量を減らそう。」と、優しく私にさ さやくようにいいました。振り向くと彼の顔は微笑んでいました。私はそんな彼の笑顔に答え たくてお酒を控えることにしました。 (良太の死後、昼夜問わず家にいれば酒を飲んでいました。約4ヶ月…長かったね?) 長野に来て約1ヶ月、愛はもうじき3歳の誕生日です。 酒を控え出すと、彼が「愛ちゃんに会いに行こう。」と、笑顔で私を誘ってくれました。 (もしかして、彼は私を愛に会わせようと思い、酒を控えることを勧めたのかも…?) しかし、この時の私は返事ができませんでした。すると、 「どうして、愛ちゃんを手放したの。未奈らしくないなあ。未奈は子供がいないと生きていけな いだろう。俺はそう思っているよ。」と、彼が言う。 「私の側にいれば、愛も不幸になると思ったの。」すると、彼は微笑みながら、 「良太の時はどんなことがあっても手放さなかったじゃないか。」 「うん、だから…。良太は 私の側にいて幸せだったのかな…。私は自信がない。良太に苦労ばかりかけて生きてきた。 こんなの親じゃないよ。失格だよ。情けないよ。だから、愛には良太の分も幸せになってもら いたい」 「俺は良太、絶対に幸せだったと思うよ。なっ、愛ちゃんに会いに行こう。会いたいだ ろう。」 と、彼の力強い言葉が私を包み込んだ。 こうして、彼に背中を押されて愛のところへ行く計画を立てました。
( no.48 ) 愛との再会? 良太が死んで、この4ヶ月間泣きに泣きまくっていた私は鏡すら覗いていませんでした。 そんなある日、お風呂に入り鏡を手にとってじっくり覗き見ると、鏡に写っている人は泣きっ面 の60代のおばあさんの顔?が写っていた。『えっ、これが今の私?…白髪もこんなにあるよ。 探さないと見つからなかったのに…』 そのままボーとして見つめていると、『眞はよくこんな私 を拾ってくれたなぁ。』と、思いました。あまりにも変わり果てた自分の姿に愕然とした。 そして、鏡を持ったまま笑顔を作ってみると、顔も目も泣いている。どう見ても泣き顔。それで 今度は怒った顔を作ってみた。やっぱりどう見ても泣き顔。色々な顔を作ってみた。どうして も泣き顔。意識して大げさに顔の表情を変えた…どうしても泣き顔なのです。喜怒哀楽の表 情が得意だった私なのに、今、私の目の前にいるのは無表情の私…ショックでした。 いくら痩せても、表情くらいは作れたのに、、愛とこんな顔で会うのか、、やだなぁ、とぼやい た。それからはお風呂にはいると、顔面たいそう?を始めた。 (今は出来ますよ。色々な顔が…特に笑顔が得意です。(^_^)V) さて、いよいよ愛の誕生日がやってくる。約束の日の前日に長野を出る。 朝、長野の家を出発すると岩手に着いたのは夜の8時を回っていた。なんと、12時間たっぷ りかかった。今日は宿を探し泊まって、次の日、愛の処へ向かう予定。 私は徐々にドキドキが増し息苦しさを覚えた。「ふぅ〜、心臓が飛び出しそう。」と、呟くと、 「緊張も大切だよ。」なんて眞に言われて出発した。車を止めると、愛のおもちゃを手に持ち 愛が住んでいる家に向かって歩いていった。 窓越しに愛の姿を見つけた。そして、鈴木さんは微笑んでいる。(??) ところが、私が知っている愛はもうそこにはいなかった。一回り小さくなり、抱っこをすると、と ても軽くてびっくりしました。また、キラキラとした目の輝きも薄れ、言葉数が減り、周りの様子 を伺うその姿。まるで子どもの頃の私自身を見ているようでした。 (自分の過去をダブらせた。) 愛に何かが起こっている。そう思うと鈴木さんとの電話のやりとりが頭の中を駆けめぐった。 今までに何度か電話で話をしていました。電話の向こうでは愛の泣き声が響いていた。 「泣いているよ。どうしたの?」 愛の様子を尋ねると、「元気だよ。心配いらない。」と、言うと 電話を切られた。この言葉ばかりを私に投げつけてきたのに…これが元気だったという証拠 なの? その瞬間、私は囁くように 「引き取りたい。」と、彼に言った。 「渡さない。」の一言でした。私はこのまま “話し合いたい” と、思いましたが、今日はもう帰 らないと…明日、眞は仕事なのです。とても心残りでしたが帰ることにしました。 以来、愛のことが気になって、帰りの車の中でも眞に愛の様子を告げると、私は不安だと言 うことを何度か言った。 家に着いた私は、やっぱりどうしても気になって、次の日、彼に電話を入れた。 「話し合いたい。愛の幸せを一緒に考えない?」と、訪ねると、 「話し合いはしない。俺が負けるから、俺はお前と暮らしているときに、やりたいことがいっぱ いあったんだ。」と、訳の分からないことを主張しだした。 彼と話をしていると、私はまた怒りの感情が爆発した。 「それだったら、なぜ、私の家に転がり込んできたの。なぜ、子供をほしい、なんて言ったの 1人で暮らしていればよかったじゃない!」 と、怒鳴った。 その後、電話では話し合いができないことを知った。 彼は自分の主張しかしないし、その彼に対して私は冷静に対処ができない。そう思った私 は、手紙を書いた。返信用の封筒に切手を貼り、便せんも添えて、愛の立場になって愛の 幸せを一緒に考えよう。どうすれば愛が幸せになれるのか、また、鈴木さんが愛の立場な らば、今、愛は本当に幸せなのか、自分自身に問いかけてほしい。また、私に対して言い たいことがあれば、何でもいいから書いてほしいと、何度も何度も彼に手紙を書いた。 また、愛には何度かプレゼントなども贈っていましたが、“届いたよ”と、言う、鈴木さんから の連絡を1度ももらったことがない。これらは、すべて片道切符でした。 そして、1日1日と時だけが流れた。 愛の心にこれ以上イヤな思い出を作りたくない。 大人の争いごとには、子供がいつも巻き込まれる。このとき子供の心は…??? 愛だけを見つめていると、どうしても自分の過去がよみがえる。自分の過去を重ねてはいけ ないと、思いつつも重ねてしまう私がいた。 大人の人には見えない子供の心の闇。それを愛から感じ取ってしまった私。 愛の側には、心から甘えられる人がいるのだろうか? 愛は今幸せなのだろうか? 私の頭の 中は疑問符だらけでした。 また、愛が私に、「置いていかないで愛ちゃんずーとママの側にいるから。」と、言った言葉 が私を襲う。その言葉が私の脳裏でこだまする。 私も3歳で父親に引き取られたが、日常生活の教え、幼稚園の送り迎えなどは、父は何もし なかった。父以外の周りの人間が私の世話をしていた。愛も私と同じではないのか? そんな 思いがよぎった。そして、子供だった私の心の中には大きな穴があいた。 そんな思いを愛にはさせたくなかった。だから、鈴木さんに考えてほしかったのに。 (なんて勝手な親なんだろう、私という親は…ふぅ。。) ところが、こんな強気で鈴木さんを攻めているのに、心の中では鈴木さんを攻める資格なん て無いよね。手放したのは私だもん。それに未だに自分に対して自信などない。そして子育 てにも自信を持つことなどできませんでした。