( no.15) ままごとの生活 3人の出発点の地は横浜に決まった。良太(2才)・眞(20才)・私(26才)でスタートを切った。 私は仕事と保育園を出来る限り自宅の近くで探した。 仕事は職安の紹介でまもなく決まった。(決まった理由は履歴書に主人として眞の名を書い たから? 嘘をつきました ゴメンナサイ) その足で保育園の申し込みをした。 すると、「現在この保育園はいっぱいです。また空待ちの人も何人かいるので、当分は入れ ません。とりあえず、今空いている保育園に入りなさい。そうしておけば、優先的に移動が出 来ますから。」と、言われて、勧められた保育園への申し込みをしました。 区役所を出ると、良太と共に新しい保育園に向かった。 そこは、以前いた保育園とはあまりにも違いすぎているように見え、良太を入れることに躊 躇しました。でも、私の仕事が決まっているし、預けるほか無かった。 すると、良太に異変が起きた。通い出して2日目の朝、いつものように良太を自転車の後ろ に乗せて走り出すと、すすり泣く声が聞こえてきた。 ハッとして自転車を止めて、振り返りながら 「どうしたの?」と、声をかけた。すると、あわてて 涙を拭き 「ううん」 と首を振る良太。「どこか痛いの?」 と、聞き直すと、そこには笑顔をつくる 良太がいた。その思いを私はうけとめて再び自転車をこいだ。 保育園に着き良太の様子を見守っていると、先生が私に声をかけてきた。 「貴方の子? この子、うるさくて嫌いだ。来なきゃいいのに。」と、怒った口調で私に言った。 今までに言われたことのない言葉。(後ろから殴られた気分) 私はその場で固まりながら、 良太がすすり泣く意味が分かった、そう思うと、何とかしなくちゃ…。その思いに包まれた。 ハッとして、「すみません、よろしくお願いします。」と言いながら、深々と頭を下げて逃げるよ うにその場を立ち去った。この日から、良太のすすり泣きは毎朝続いた。その度に、私は良 太に尋ねた。でも、答えはいつも同じでした。 私はとてもショックでした。でも、私以上に良太は辛い思いをしている。そう思うと一刻も早く 保育園の移動が出来ることを願って、区役所に手紙を書いた。“現在の良太の様子・保育園 の先生の対応” を、綴り保育園の移動をお願いしました。 その後は電話か葉書を使って毎日のように問い合わせた。そして一週間が過ぎると、待ちに 待った葉書が届いた。(ヤッター) “保育園変更” の通知でした。胸をなで下ろしながら、新し い保育園に移動した。すすり泣く声は消えて元の元気いっぱいの良太が現れた。(ホッ) 日々の生活は、私が夢見ていたような家族と家庭でした。 良太はおしゃべりも上手になり行動範囲が益々広がると、好奇心の目はどんどん伸びた。 外で遊ぶことが大好きで友達が大好きな良太は、この日も友達の家にいるものと思いこんで いた。しかし、時間になっても戻ってこないため私は迎えに行った。 すると、「今日は来ていないよ。」と、おじいさんが言う。私は慌てて近所を探した。でも、良太 の姿はどこにもなかった。日はどんどん暮れていき、心細くなり、交番に飛び込んでお巡りさ んに相談した。それでも、不安で彼の会社に電話を入れて、彼に報告すると、 「直ぐに帰るから、待ってろ」と、言う。その間とにかく探しまくった。どこにもいない。時間だけ が過ぎていった。すると、彼が戻ってきて、「未奈は家にいろ、良太が帰ってきたら困るから なっ、俺が探しに行ってくるから」と、言葉を残すと飛んでいった。 1人で部屋にいると不安だけが大きくなって、私はウロウロと歩き回っていた。すると、ドアチ ャイムが鳴った。ドアを開けると、知らないおじさん、その後ろに、良太の姿があった。 「お宅のお子さん?」 「はい」 「私は隣の駅のおもちゃ屋です。帰り道が分からないと言うので 一緒に歩いてきました。」と、言う。「どうもすみません。ありがとうございました。探していまし た。」と、言うと、「ずーと、お店でおもちゃを見ていました。」と、笑みを浮かべながら話してく れました。私はおじさんの話を聞きながら、良太を見つめていた。あー良かった、とにかく無 事で良かった、本当に良かった。ただ、その思いだけに包まれていた。おじさんには何度もお 礼を言いいました。良太を抱きしめると、私はやっと落ち着いた。 でも、良太の顔は満面な笑み。「どうして、そんな遠くまで行ったの?」 「保育園のお散歩で見 つけたの。見たかったけど見られなかったから、見に行っちゃった。」と満足そうに話す。 「心配したんだよ、パパは今良太のことを探し回っているよ。」ハッとした顔をして「ごめんなさ い。」ドアが開いた。「良太、帰っていたか、」と、いって眞は、良太の頭をなでた。 何気ない日々の中でハッとする出来事を良太はいつも作り出していた。(ふぅ〜) 保育園を抜け出したとき、道路に飛び出そうとしたとき、私は何も知らない。でも、近所のお じさんとおばさんは知っている。だって、良太を守ってくれた人たちだから…。 (その節は、色々お世話になりました。ありがとうございました。) 色々な人たちの手を借りて、良太は大きくなっていった。 また、この時期は、幼児から子供への成長段階だったのか?色々な面で変化が現れた時期 でもあった。いつの間にか、“ママ・パパ” と呼んで、いつの間にか、“お母さん・お父さん” に変わっていた。また、男の子という自覚も持ち出した。 私はいつものように 「良太、可愛いね」と、言ったときに 「可愛いは女の子だよ。僕は男だか ら “かっこいい” だよ。だから僕のことは“かっこいい”と言ってね。」 と、得意げな笑顔を作り 私に言った。 そして、大きな変化が現れたのもこの時期です。良太の小児喘息がいつのまにか直っていま した。また、病気知らずの身体へと戻ったのです。 籍は入っていないけれども、眞も父親ぶりを発揮して、保育園の行事にも積極的に参加をして くれました。ここには温かい家庭が誕生していた? とても幸せでした。
( no.16) 中絶…私の変化 毎日が楽しくて、幸せな日々が続いていました。 そんなある日のことです。私のお腹の中には新しい命が誕生した。ところが、この事実は私 を苦しめる出来事となった。“赤ちゃん=親との問題” 私の頭の中にできた公式?です。 結婚して赤ちゃんが出来る。みんなに祝福される。これが正式な形? 幸せな形? 赤ちゃんに とっても幸せな道? それなのに、私は再び同じ事を繰り返している。 (岸壁から突き落とされた、そんな気分を味わっていた。) 身分違いと怒鳴られた私、(身分違いって何…?) すべての責任は貴方だと怒鳴られた私。 過去の出来事が走馬燈のようによみがえる。赤ちゃんが宿った、その喜びよりも、彼の両親 の姿が浮かんでくる。怒っている、叱られている、(完全にトラウマに犯されている…) 良太のような “父親のいない子供は、もう二度とつくってはいけない、産んではいけない、” 心の奥底から届く声…、そうだよね、みんなに祝福してもらいたいもんね。自問自答を繰り返 す私。泣くことしかできなかった。 また、彼にも妊娠を告げましたが、彼の辛そうな表情だけが私を襲った。 そんな彼を見ている私は中絶を選択した。自分で選んだ道とはいえ、もう二度と、はい上が れない暗い穴の中に落ちていく…そんな気分を味わっていました。私はただ赤ちゃんに謝る ことしかできなかった。涙が止まらなかった。 (今になって思う事は、良太の父親は無責任だったのかも…。そして、眞は自分の器を知っ ているがために、答えを出せなかったのかも…。) この日を境に私は変わった。会社も辞めてほとんど閉じこもり状態になった。 彼は私に色々気を遣ってくれました。でも自分の殻に閉じこもり、彼の声は私の耳には届か ず、ただ黙って時を過ごした。私の顔からは笑顔が消え無表情になっていった。そんな日々 が暫く続いた。 そして数日が過ぎると彼は、「教習所へ行かないか? 車の免許をとって来いよ。遊びに行く にも車があると便利だし、なっ、免許をとって来い。」と、言葉を弾ませて私に言った。 でも、私は全く車に興味がない。しかし、それ以上に家から出る気がせず、 「行きたくない」 と一言だけ言った。そんな私なのに、彼の説得は毎日のように続いた。 彼のねばり強さに根負けした形で、私は渋々教習所に通うことになった。と、同時に、彼は 仕事をしながら学校へも通うようになった。(中絶事件は、彼も変えたのかも…) 私は、教習所で車を生まれて初めて運転をした。(当たり前と言えば当たり前ですよね) 私の担当になった先生の一言が今でも心の奥にある。「お前、一度も車を運転したことが ないのか、へったくそだなあ。」と、かったるそうに怒鳴った。 その直後から涙があふれて、車の運転なんか出来なくなった。すると先生が、「代われ、俺 が運転する。」 と、言われるがままに先生と交代した。そして授業が終わる。 (え〜教習所って先生が運転するところなの? 知らなかっ〜た。) その後、家に戻ると先生の言葉・声・顔が浮かんできて心臓がバクバク、身体が硬直。教 習所のことを考えると涙があふれて身体が震えた。私は教習所に通えなくなった。 そして、自分を攻めた。教習所へ通わなければならない。でも行けない。その思いが、イラ イラとなった形で現れた。怒らなくてもいいことなのに、眞に八つ当たりばかりしていました。 それでも、眞は、自分が教習所に通っているように、私と共に勉強をしてくれた。 私の心の中は葛藤し続けた。教習所へは行きたくない、でも放棄するのは悔しい、教習所 のことを考えただけでも足がすくむ。自分のことをコントロールができず、辛い日々を送って いた。一週間という時を刻んだ、(登校拒否?) (怒鳴られると萎縮して泣く…幼い頃の体験がこんな形で芽を出した。) どうしても、放棄してしまうことが悔しくて、私が考えた策は、良太と共に通うことでした。 そして、教習所の先生を指名しました。 その後、彼の力と良太の力に支えられ、無事免許を取得しました。すると、彼の提案で翌日 は、レンタカーを借りてドライブに行った。行き先は富士山でした。始めての高速道路、心臓 が爆発しそう〜でした。 (苦笑) 私の方は一段落しましたが、彼は会社と学校を同時進行していたため、彼が家にいない時 間が多くなった。寂しさが募り、彼との壁が徐々に厚くなっていく気配を感じた。 そんな私は、独りぼっちで彼の帰りを待ち続けていると、考えなくともいいことを考えるよう になった。