大切な人を失い、残された者の心は・・閉じられる、そこから這い上がるには、どうすればいいのか? 時間とお金が必要。

日々のニュースの中で気になるのは、
  親から子へ「しつけと称した暴力は、親の手で奪われてしまう命」。
  友だちから友だちへ「虐めと称した暴力は、友だちの命を奪う凶器」。
  そして、暴力に耐えきれなくなった人が選ぶ道には「自ら自分の命を絶つ」。

これらの命は「暴力」という出来事がなければ・・、
この世から消えずに・・今も、生き続けていたのでは・・と、思わずにはいられない。

できることならば、このような事件は・・無くなって欲しいです。

「いのち・・命」について考えてみませんか・・?

失われた命は、もう2度と戻っては来ない。

  子供がこの世を去った時、親はどうなると思いますか・・。
  親がこの世を去った時、子供はどうなると思いますか・・。

この現実は、体験した人だけが知っている。身も心も・・ボロボロです、生きる術を失ってしまいます。大切な人の死は、どんなかたちでも、残された者の心に傷が付きます。

 親を失った子供は・・どうなる?
   私の場合は、住む家がなくなり邪魔者扱いでしたね。
   居場所も大切ですが、子供の人生は大きく変わってしまいます。

 子供を失った親は・・どうなる?
   順番で行けば、親よりも子供が先に逝くなんて・・考えられない。
   そんな親の身も心も抜け殻、未来を失い、全てに対して背を向ける。

両方を体験した私の心は、表現しようがない。
生きる術を知らない子供には、温かい大人の手が必要。
生きる術を失った親には、何が必要なのだろうか・・。

   当時、空ばかりを見つめていた。
   青い空、白い雲、雲に乗って会いに行けたら良いのに・・と・・・。

   ひとりぼっちの時間は、いつも涙が込み上げた、その涙を堪えようと・・
   食いしばると、目の前には、必ず、空が、雲が、広がっていた。

できることならば・・、大切な人、愛する人を失いたくない・・です。
誰にも言えない思い・・、何年抱え込むのだろう・・、予測できない時が過ぎる

一般常識・・?

■親と別れた子供は・・と、始まった施設長のコメント。
「生きている親に対しては、会いたいと思う、が、
 死んでしまった親には、会いたいとは思わない。だから・・・」と。

思わず『あなたは大切な人を失った、体験は・・ないんだね。』と、心の声が広がった。
でも、たぶん、施設長のコメントは、“一般的な言葉なんだ”、と、思った。

でもね、『人の気持ちを悟ったようなコメントは、語らない』で、欲しいのです。もう
会えない、声も聞こえない、話もできない、と思うから、会いたくて仕方ないんです。

生きてさえいてくれれば・・何時かは会える・・、と、
   この思いは、かすかな希望ですが、生きる希望へと繋がっているのです。
   この世を去ってしまったら・・かすかな希望も去り、涙に埋もれる。

今、振り返ると、

私は、子供がこの世に生まれて、この子に生き続けて欲しくて、この子のために仕事をし、共に、時を刻んできた。そんな人生が、突然、途切れた・・・。

当然のように、生きる気力も働く気力も、あるわけがない。
そんな私が今日の時を刻んでいるのは、死別の悲しみに耐えるお金があったから。

当時の私に貯金などない、もしも、お金がなかったならば・・、無気力になったこの時期を「死別の悲しみと向き合う時間」を、作れなかった・・と思う。

大切な命はお金に代用できません。でも、失った命は戻ってこない・・、
お金の話なんてしたくはありませんが、この時ばかりは保険の力に支えられました。

もしも、お金がなかったら、、、どうなっていたのか分かりません。
なんせ、全く、働く気が起きませんでしたから・・・履歴書を書くだけで・・涙。

改めて『保険の意味』を知った思いです、
残された者の心を救うのは・・お金と時間・・が、必要。

つまり、あなたが大切だと思う人には、お金を残して欲しい。
心が救われるには、時とお金が必要だからです。

生命保険や遺言書について真剣に取り組むべきだと思った。それは愛する人が、自分を取り戻すまで、この世を去る者が出来る最善の・・思いやり・・だと思った。

「最後に」私はいいと思う。今の自分に正直になれれば、それが一番良いと思う。
 私は、ずーと、ずーと、会いたい。今だって会いたい。 あったり前でしょ♪ ねっ。



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