子育ての本や教育のマニュアル書などに記載されている内容はあくまでも基本です。その前に、子供は1人の人間で感情を持っていることを知りましょう。

⑲ 先生の対応(マニュアル指導が子どもの心を傷つける)

梅雨の季節を迎えて、花にも人にも恵みの雨が降る。
でも、心に降る雨は、誰の目にも見えない悲しい雨、いつ、止むのかな・・?

毎日のように、傘の花とあじさいの花を目にするようになった。
そんな時に

「ゆきちゃんの傘なのに、菜ちゃんが持っていた。だから、悠ちゃんが持って帰ってきた。」と、
手に握りしめている花柄の傘を、未夢へ見せるように差し出した。

そんな悠季は、まるで学校から走ってきたように息を弾ませて雨に濡れていた。驚いた未夢がタオルを手にし悠季を拭きながら話を聞く・・、 すると、クラス担任の吏子先生から電話が入った。

「今すぐに、謝りに行って下さい。」と、
怒りの声と共に菜ちゃんの住所を言って、電話を切った。

「今、先生からの電話で、菜ちゃんの傘だから、謝りに行ってくれって、」
「これは、ゆきちゃんの傘」と、怒る悠季。

「ゆきちゃんが、菜ちゃんから傘を借りていたのかも知れないよ、
だから、ゆきちゃんの代わりに、悠季とママで返しに行こう、ねっ。」と、

未夢は悠季に話をするが、悠季は納得できないまま未夢に促されて、車に乗り込み向かった。

そして、翌日、未夢がリビングで本を読んでいると、
なんとなく背後に気配を感じて、振り返ると、悠季が立っていた。

「ビックリした・・、どうしたの?」

「先生に『頭がおかしいんじゃない、病院へ行きなさい。』って言われた、そしてね、
『嘘をつくんじゃない』って叱られた。でも嘘をついていないもん。ゆきちゃんは居るんだもん。
悠ちゃんは、頭がおかしいの? 病院へ行くの?」

未夢へ視線を送る悠季、
悠季が抱える不安がこぼれ落ちるように、目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「悠季の頭はおかしくないよ、だから病院へ行く必要も無い。」
「だって、先生が言ったもん。『お母さんに病院へ連れて行ってもらいなさい』って」

泣きながら訴える、そんな悠季を引き寄せて抱きしめると、

「大丈夫、悠季は正常だよ。頭なんておかしくない。
もしも悠季が病気だったら、ママは先生に言われなくとも、悠季を病院へ連れて行く。
だから、心配をしないで、悠季は正常だよ。ママには解る。」

微笑む未夢。

すると、悠季は、未夢の腕をくぐり抜け、後ずさりしながら未夢から離れていった。
その足で階段を上り部屋へ入ると、普段はドアを閉めないのに・・閉めた。

悠季の後ろ姿を見守り続けていた未夢は『酷い、先生ともあろう者が、生徒の心をいとも簡単に、傷つけて、酷い、酷すぎる』と、怒りが込み上げてきた。

気がつくと、未夢は学校へ電話を入れて、クラス担任の吏子先生を電話口に呼び出していた。
すると、電話口に出た吏子先生は『待っていました』と言わんばかりにアクセル全開。

「今日、悠季ちゃんがあまりにも頑固に、嘘を言い張るから、
授業中に悠季ちゃんと2人で、1年から6年生までの、全クラスを歩いて回ったんです。
そして、悠季ちゃんに『ゆきちゃん』という子が、いるのか、いないのか、探してもらいました。

   (酷い、酷い事をするな~ぁ、と未夢の心の声が流れる)

でも、どこを探しても、どこにも居ないんです。職員室では名簿も調べてみましたが、転校生もいません。 だから『嘘をつくんじゃない』と、注意をしておきました。それでも・・・」

喋り続ける吏子先生の口は、とても軽やかに軽快に走り続ける。
しかも、同じ内容を、何度も、何度も、繰り返す・・・。

そんな先生の話を聞きながら、未夢は『まず、謝罪へ行ったか、相手の反応はどうだったのか』を、 確認すべきじゃないの・・と、過ぎらせて、先生からの言葉を待っていたが・・、

吏子先生の口は、ただ、ただ、自分の行いを自慢し続けていた。
『私は偉いでしょ、先生の中の先生でしょ、悠季ちゃんのためだけに、貴重な時間をつかったのよ。こんな先生は、他にはいないでしょ』と、自分の行動を褒め称えていた。

(未夢は、一言、言いたかった、それは自己満足で、教育ではないでしょ・・と、)

先生が言っている『嘘』を子供に伝えるには、
子ども自身に『嘘を認めさせる事』それには『証拠を提示して嘘をついた事に気づかせる事』と。

正に、子育ての本や教育のマニュアル書などに記載されている文面の内容を、そのまま実行した事を、吏子先生は誇らしげに言っていた。しかも、その労力と時間は、悠季だけに注いだ、と。
『私は偉いでしょ、先生の鏡でしょ』と、言っているように聞こえた。

止まらない止まらない、吏子先生の自慢話はいつまでも・・続く。 未夢が何度、声を掛けても吏子先生の耳に届かず、正に踏み込んだアクセルペダルをベタ踏みし、突っ走っている勢いだった。

意を決して、息を吸い込んだ未夢が、
「先生、先生、吏子先生、ちょっと待って下さい。私の話も聞いて下さい。」
と、半ば大声を飛ばした、すると、やっと声が切れた。

ふぅ~、と、息を吐いた未夢は「悠季は、嘘をついていませんよ。」と、話し始めると、

「ゆきちゃんは、いないんですよ、それなのに、悠季ちゃんは、ゆきちゃんはいると言い張るんです。これが嘘と言わず、何が嘘なんですか。」と、切れまくる吏子先生。

「吏子先生、今、私が話をしています。今度は、吏子先生が私の話を聞いて下さい。」
と、ゆっくりと静かに未夢が声を掛けた。そして、

「子どもは、小さい頃からままごと遊びをします。つまり空想の世界を作り上げることに長けています。イメージを膨らませて、架空の人物やモノを頭の中でイメージしながら遊んでいます。 そんな遊びは右脳を育てる事に繋がり、親も、先生も、そのような遊びを子供にさせています。」

「はあ~」と、何言ってんだと呆れ声。

「そんな子どもが、小学校へ入学すると、今度は、左脳を使う練習が始まります。
でも、子どもの脳は、まだまだ右脳を使っています。まして入学当初の、この時期は、右脳が活発に活動している時期とも言える、と、思います。
私なんかよりも、吏子先生の方が、お詳しいのでは・・・・」

「はい」と、元気な声が返ってきた。

「今の悠季は、自分でイメージしたものなか、実在するモノなのか、
悠季自身にも理解が出来ていません。
子どもにとって想像の世界は、ある意味で、救いなのかも知れません。
それなのに大人がこの部分を “嘘” という簡単な言葉で切り捨てることは、いかがなものか・・
悠季は、嘘をついていないんです。」

「学校には、ゆきちゃんは、いませ・・」と、怒りから、話を切った吏子先生。

「悠季には見えるんです、
見えるからこそ、嘘をついている、という自覚はありません。
ただ、言えることは『今の悠季には、ゆきちゃんが必要だ』と、言うことなのです。」

吏子先生の声が全く聞こえなくなった。

「吏子先生。悠季も、子ども達も、学校へ通い出すと、先生の話や言葉など、全てを『絶対』として認識します。 極端な言葉を使えば親よりも先生が『全て、正しい』と理解をするのです。

そんな吏子先生から、悠季がいわれた言葉は、
つき』とか、『がおかしい』とか、『病院へ行きなさい』の言葉です。

悠季は、どんな思いを抱えたのか、吏子先生には想像が付きますか?
泣いて帰ってきましたよ。とてもショックを受けていました。」

「すみませんでした」と、かえってきた言葉だったが・・

「色々、生意気なことをいいまして申し訳ございません、 今暫く、先生の寛大なお気持ちで、悠季を、そして子ども達を、見守って頂けないでしょうか。是非、よろしくお願い致します。」

先生からの返事はないままに、未夢の『失礼します』の言葉で電話を切った。
電話を切った未夢は、“先生には・・伝わっていない”、ことを悟った。

悠季にとって、今、ゆきちゃんが必要なことは、充分、解っていたが、悠季が、ゆきちゃんのことを、誰かに話せば、また、悠季が傷つくことも、目に見えていた・・、

悩んだ末『ゆきちゃんの話は、学校や友だちにしないで』と、未夢が伝えた。
心に傷を持つと『二次三次被害に遭う』この道を防ぐことも・・大切。

その後、ゆきちゃんの話は消え、数日が過ぎて、
「最近、ゆきちゃんに、会っていないの?」と、未夢が悠季に声を掛けた。

「ゆきちゃんのお父さんとお母さんは離婚をする事を決めて、ゆきちゃんは、お母さんと一緒に引っ越した。・・・引っ越すんだって、」と、言い換えて口を閉じた。

岩手で暮らしていた悠季は、未夢(母)から離れた事で、寂しさから心が壊れた。

その後も心は満たされないまま、悲しさ、苦しさ、そして空腹までもが悠季を襲った。
その辛さを1人で抱えきれずに、また、悠季が生き抜くために、ゆきちゃんが生まれた。

今まで、誰にも話す事が出来なかった悠季が、やっと、ゆきちゃんの名を借りて未夢に話す事が出来た。この出来事は過去の話を語る切っ掛けになったのかも知れない。

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