心が受け付けない事は、心は異物と判断する、この異物を心が受け入れた時、それは過去の想い出となる

㉘ 本音 (最後の作業)

未夢が悠季の部屋で、いつものように洗濯物を片付けていると、笑みをこぼした悠季がやってきた。 ベッドへ飛び乗り、ちょっと大きめの犬の縫いぐるみを手にすると、会話を始めた。

「7歳まで、ひとりぼっちだったんだ」と、犬の縫いぐるみに話す。

『えっ、7歳なの?』と過ぎらせた未夢は『岩手の話を始めたのは、たしか・・7歳だ』と、思いを馳せながら、未夢の視線が悠季へ、すると、悠季と目が合い、笑みをもらった。

再び、悠季の視線は犬の縫いぐるみへ。

「ママは嘘をついた。『後で来る』って、言ったのに来なかった。悠ちゃんはチャッピーと一緒に、ずーと待っていたのに、 チャッピーと一緒に行こうと思って、ずーと待っていたのに、次の日も遊びに行かないで、ずーと待っていたのに、ママは来なかった。」

犬の縫いぐるみと会話を続ける悠季の声は明るい。でも、内容は・・・暗い。
悠季の話を聞き入る未夢は、悠季が話すその当時の時間を彷徨っていた。

「あっ、あの時か、そうだよね、確かに『後で来る』って、何度も言ったよね。
そうか、そうだったんだ・・、ごめんね、チャッピーと一緒に待っていてくれたんだ・・そうか、ごめんね。 行かなくて、ごめんね。」謝る未夢の手が止まり、脳はフル回転。

  当時4歳の時に「後で来るね」と、未夢が言った言葉を言っている。
  この時の悠季は「ママのお家へ行こう」と、必死に涙で訴えた。
  連れて帰りたい未夢の意志を砕いたのは、隣に実家がある事だった。

「あっ、それでなの? ママが悠季を連れ出した時、悠季は、ずーと怒った顔をしていたでしょう。 もしかして『ママは、もう来ない』って、諦めちゃったのかな?」

「うん、もう来ないと、思って諦めた。」と、笑った。

「そうかぁ・・、それなのにママは、突然、悠季を連れ出して、頭にくるよね、『今頃になって、なんだよ』なんてね、思ったよね、ごめんね、ママが悪かったね。」

未夢は、当時に抱えた疑問が解けた・・と、ホッとした。
ところが、悠季は、いきなり表情を変えて、

「違うんだ、あの時は、恐かった、悠ちゃんがママと一緒に行ったら、偽善さんが『お巡りさんに言って、ママを捕まえもらう』って、言っていたから、 『ママが捕まったらどうしよう』って、思っていたんだ。だからね、ママと一緒に行ってもいいのか、迷った。」

真剣な顔をして、当時の思いを語る悠季から、
必死さまでも伝わってきた。

「そうかーぁ、そういえば車の中でも言っていたね。ありがとうね、ご心配をおかけしました。
でも、心配をしてくれて、ありがとうね。」と、ペコッと頭を下げた未夢。

悠季の顔に笑顔が戻り、照れながら未夢へ笑みを返した。
犬の縫いぐるみを抱き上げて向き合う悠季は、自分の心と向き合っていた。

「悠ちゃん、何度も何度も『ママ、ママ』って、呼んだんだ。
悠ちゃん、泣いてばかりいて、ご飯を食べないから、入院した事もあるよ。 点滴を打ったんだ、3回も、痛いんだ~ぁ。4回目の時も入院を言われて、ヤダ~ぁ、って、泣いちゃったぁ。」

辛い話を、笑みを浮かべて話す悠季。
「ごめんね、ママ、側にいなくて、」と、未夢は切なさを抱える。

親が子供を手放せば、その後の子供の人生を・・親は知らない。
悠季が話す内容に耳を傾ける未夢は3歳の時の悠季を思い出していた。

   空だけを見つめて「ママ」「ママ」と、呼びかけていた悠季。
   悠季を抱いているのに、未夢の腕にも胸にも悠季の重みも温かさも何も感じなかった。

   ふわふわして、まるで雲でも抱いているように、手を放せば、空高く飛んでいきそうで、
   抱きしめれば潰れそうで・・、見た目は、一回り、小さくなった悠季・・

「そうか、辛い思い、一杯、しちゃった、ねっ、ごめんね、」
未夢は、当時の悠季に思いを寄せていると・・、

「5歳の誕生日に、どうして来なかったの? 悠ちゃん、待っていたんだよ。」
「ごめんね、ママ、悠季を引き取りたくて裁判を起こしていたんだ。だから会えなかった。」

ふ~んと、いう表情を見せると、犬の縫いぐるみに
「寂しかったね」と、笑みを送る。

話す事にちょっぴり抵抗を滲ませて、恥ずかしそうに照れ笑いも浮かべる、
『ひとりぼっち』という孤独の時間と、悲しい時間を、未夢へ伝えていた。

それは、悠季が必死に生きてきた人生であり、目に見えない心の叫びだった。
そんな悠季の心が未夢に訴えたのは『ひとりぼっちにするなよ!』だった。

僅かな希望を頼りに日々の時を刻んでいた悠季に・・、未夢は、心からありがとう、。

㉙ 終わった、そして始まる。

1度目の親権移動の裁判を起こしてから、
5年を迎えて2度目の親権移動の裁判を起こし、判決後に悠季に報告した。

「偽善さん、来た?」
「ううん、来なかった。」
「一度も・・?」
「うん、一度も」と、未夢が応えると、悠季の顔が、一瞬、曇った。
「悠ちゃんの事、嫌いなんだ。」と、明るい声を飛ばしているのに、苦笑いを浮かべた。

「違うよ、ママは違うと思うな。
悠季の事が好きだからこそ、来なかったんじゃないかな。

『悠季は、ママと暮らしてもいいよ。』というメッセージじゃないかな。
きっとね、だから、ママは、偽善さんに感謝しているよ。

だってさ、偽善さんが来なかったから、裁判が早く終わったのかも知れないもん、ねっ。
偽善さんは、いつまでも、ずーと、悠季の事が、大好きだよ。

だからね、悠季が会いたいと思ったら、いつでも言ってね、ママ、偽善さんを探して悠季に会わせてあげるから、ねっ、 1人で悩まないでね。約束したよ。」

未夢が悠季へ微笑むと、悠季はうっすらと微笑んだ。

悠季の意識が変わった、また、未夢も自分の変化に気づいた。

一言で言えば、「お腹が軽い」まるでお腹の中に溜まっていた、でっかい異物の塊が、ストンと落ちたように感じた。 目に見える訳ではないけど、今までに、過去に、一度も、味わった事のない、不思議な感覚だった。

悠季と未夢の変化に気付いたのは本人だけじゃない、約4、5年前から2人を知っている人たちは、声をそろえて「変わったね」と、言う。 でもね、本当はね、変わったのではなく、「本来の自分を取り戻した」結果なのです。

これで、終わったとは思っていない。きっと、いつでも、どこでも、これからも・・続く。
僅かな切っ掛けや、僅かなタイミングが、当然のように過去を呼び起こす・・と、思うから、

それをトラウマと呼ぶのか・・、想い出と呼ぶのか・・、
私は、想い出という箱に収めたい。悲しい涙よりも、温かい涙を流したいから。

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