心の傷は心の中から外へ吐き出さなければ心は救われない。理解をしてくれとは言わない、ただ、辛い気持ち、悲しい気持ち、恐怖などの思いに寄り添ってもらいたい。

㉓ 席替え

インフルエンザの病名をもらい学校を休んだ悠季は、ゆったりと時を刻み、自分の心と向き合う事が出来た。すると、慢性的な気怠さが薄れ、心なしか身体が軽くなった。

そんな悠季は2週間ぶりに学校へ行く、そして2日目の今日も、未夢がいつものように悠季の帰りを待っていると『ただいま』の代わりに「ドン!」と、玄関ドアが大きな鈍い音を立てた。

その音は、まるで悠季の怒りを表すように、部屋の中を駆け回り、あちらこちらで響かせた。
未夢は音を追いキョロキョロしていると、怒った顔をした悠季がリビングへ入ってきた。

「悠季、ドアに当たるんじゃない、どんなに頭にきても、どんなに怒りを抱えても、物に、当たってはいけない。物は、悠季に何も悪い事をしないからね、いいね。」と、『おかえり』の代わりに注意の声を飛ばした。

怒りのバリアに包まれた悠季は、未夢を、言葉を、100% 無視したまま、ガンガン前へ突き進み、2階にある自分の部屋へ向かった。

すると、再び「ドン!」と、悠季が抱える怒りを最大限に表現した。
あれから数10分が過ぎると、階段を降りてきた悠季は・・途中で座り込んだ。

「ママ、もうイヤだ!」と、涙の跡を光らせながら悲痛さを訴えた。
「どうしたの?」
「どうせ、ママは何もしてくれないもん。」と、口を閉じた、

悠季の言葉の意味が・・分からない未夢、

「みんなのお母さんは、連絡帳に書いてくれるんだよ。
それなのに、なんで、なんで、ママは書いてくれないの!」と、

声を飛ばすと・・下を向く。

悠季の思いが木魂する『ママのセイだ』と、涙を食いしばる悠季は怒りの声を飛ばす、
暫くすると、顔を持ち上げて、呼吸を整えるようにゆっくりと話を始める。

「今日ね、席替えをしたの、大ちゃん、イヤなんだよ。怒ってばかりいて、直ぐに怒鳴るんだ。
悠ちゃんは何もしていないのに・・、つついたり、叩いたり、ここから出るな・・とか・・。」

話している途中で下を向く悠季、こぼれ落ちそうな涙を必死に堪える。

悠季から語られる内容は、正に偽善から受けた虐待そのものだった。
『恐い』『逃げたい』『悔しい』など様々な感情が、悠季から伝わってくる。

ただ、二次・三次被害は避ける事が出来ない、そして、心の傷にすり込ませる・・被害だ。

「ママは思うんだ。
この世の中には色々な人が居る。また、居て当たり前なんだよ。 今、悠季が嫌がっている人は、クラスメイトでしょ、 逃げたくとも、逃げる事なんて出来ないんだよ。

悠季が、その時折に、考えて、なんとか、対処していかなきゃならないんだ。
でもね、『対処する』とは、『我慢をする』という事じゃないよ、
イヤな思いをしたならば、悠季は言葉にして自分の気持ちをはっきり相手に伝える事なんだ。

確かに、今は、席替えをすれば、事が済むのかも知れない、でもね、
世の中は・・・」

未夢が話している途中で、

「もういいよ、もういい、どうせ、ママはそうだもんね! 家だけだよ!
本当は、淳ちゃんの隣に居たの、でも、淳ちゃんのお母さんが連絡帳に書いてきたから、
今日、席替えをして、今、悠ちゃんの隣に来たんだ。

もういい、もうヤダ、もうヤダ、大ちゃん、だいきら~い!」

大声を張り上げた悠季の気持ちは、全身で表すように、怒りを放出する、
歩く足音、椅子に座る音、テーブルに物を置く音、全てに“ドン、ドン”と大きな音を響かせた。

そんな悠季の手にはボールペンが握られ、テーブルの上には画用紙を置いた。
すると、いつものように、描いては、ポイ、描いては、ポイ、と、投げ捨てた。

当時の悠季が描く絵は、“楽しみながら、色とりどりに描く”、という絵ではなく、
文字で表現する内容を、“図解している”、そんな絵だった。

絵を描く悠季の顔には、怒りマークが光、口は縫い付けたように・・食いしばる。
「ママ! 紙が無い、紙頂戴、何でもいいから、早く、早く、紙ちょうだい!」と、

大声を張り上げた悠季の声は、泣き声、目には涙がいっぱい・・だった。

㉔ 戦闘モード

翌日を迎えた悠季の顔は、昨日の怒りを語るように、口を閉じ、体の中にため込んだ怒りを噴射しながら、戦闘モードへのスイッチを入れると、学校へ向かった。

そんな悠季が学校から戻ってくれば、やっぱり、「ドン」と、ドアの音を響かせた。
また、未夢も、昨日と同じ内容で注意を飛ばした。

そんな2人のやりとりが、次の日も・・次の日も・・続く。
日を重ねる事によって、悠季が抱える恐怖と怒りは、ドン、ドン、膨らんでいった。

心の中にある小さな怒りの玉は、日々の出来事によって、例えば、家族だったり、学校だったり、友だちだったり、先生だったり・・、本人も気づかないうちに、怒りの玉だけが大きくなる。

その姿は、雪だるまを作る作業によく似ている、始めは小さな雪団子から始まり、雪の上で転がす事によって、新しい雪がくっつき、雪の玉がドンドン大きくなっていく・・、正に、この流れだ。

今では、その雪だるま方式に膨れ上がった大きな怒りを、悠季は、自分1人では消化しきれなくなっていた、 つまり、今までなら、絵を描く事で、なんとか怒りを沈めてきた悠季だったが、大きくなりすぎた怒りは・・膨らむばかりだった。

そんな時に仕事から戻ってきた慎也を目にした悠季・・、突然、立ち上がり「戦いをやろう」と、声を掛けると慎也からの返事を待たずに、ボクシングポーズを決めて、突進した。

次の日も、次の日も、悠季は絵を描きながら慎也を待ち・・飛びかかった、

この時の悠季は、八つ当たりで慎也へ飛びかかっているのでは無く、悠季が抱える怒りの玉を、どう処理すればいいのか、悠季自身が悩み、行動した・・結果だった。

そんなある日、いつものように仕事から戻った慎也が「ちょっと、待て、腕立て伏せ、できるか?」と、ボクシングポーズを決めて飛びかかる寸前の悠季に声を掛けた。

この日から始まった、運動スタイルは日替わりで変化した、
スクワット、マット運動、逆立ち・・などなど、2人の体力争いが始まった。

日に日に体力を付ける悠季、一方、日に日に体力を落とす慎也。

そんな悠季が抱える怒りは、月曜日~金曜日まで、毎日、続く。
そして学校が休みになる、土曜日が過ぎ日曜日の夕方には・・・穏やかな悠季が戻ってくる。

そんな悠季を、間近で見つめる慎也、

「悠ちゃん、学校へ行くと悪い子になって帰ってくるなぁ。 学校が悪いんじゃないのか、
学校が休みの日は、ほっとするな~ぁ、休ませるか~ぁ(ニコッ)。
それとも、違う学校へ通えないのか?」と、突然、真剣な表情を見せた。

悠季が抱える怒りのサイクルを、ストレートに受ける慎也の思いが流れた。

「疲れるよね、仕事から帰ってきて、直ぐ、だもんね」笑う未夢。
「ちょっと、休ませろ、と言いたいよ、せめて、ご飯くらいゆっくり食べたいよ。」笑う慎也。

「う~ん、今ね、隣に座っている、男の子が、嫌、なんだって、」
未夢は、悠季から聞いた話を慎也へ話し始める・・、

「そんな流れを踏んで、今、悠季の隣に来た、
悠季にしてみれば、怒りは、何倍にも、膨れ上がっているだろうなぁ・・
クラスの友だちから始まって、友だちの親だったり、先生だったり・・、
でも、きっと、一番、ムカついている相手は・・私、だと思うよ。(ニコッ)」

「そうか、そうかもなぁ」笑い合う2人。

「でもさ、この話って・・なんか、変だよね。
大ちゃんが、やっている事を、大ちゃんが、嫌われている事を、先生も、生徒も、知っている。
そして、父兄の耳にも届いている、それなのに・・・、
先生の対応は、父兄からの苦情のみを優先して・・、席替えをする。
席替えをしても、また、新たな父兄が苦情を言えば、また、また、席替えをする。

ちっとも問題解決に至らない、だって、ただ単に避けているだけ・・だもん。

気になるのは大ちゃんだ、悠季の話では、大ちゃんへの対応を先生がしている様子は覗えない。
小2だよ、小2・・・
この時期って、家庭環境が大きく反映されているのに・・」

「何が言いたいんだ、」(笑)

「つまりさ、大ちゃんを救う方法を考えなきゃ、いけないと思うんだよね~。
なぜ、先生は、大ちゃんや大ちゃんの親と、きちんと向き合わないんだろう。」

「面倒くさいからじゃないの。」
簡単な言葉で返す慎也、それでも、納得してしまう未夢の口が閉じた。

「なっ、悠季ちゃん可哀想だから、未夢も連絡帳に書いてあげれば、なっ。」
「そうなんだよね、悠季はよく戦っている、
ほんと、よく頑張っている、辛そうな表情を浮かべているのに、ずる休みせず・・、
ほんと、がんばっているんだ・・ぁ・・・・、そうだね、明日の朝、聞いてみる・・。」

翌朝、悠季はいつものように口を閉じ、学校へ行く支度を整えていた。
そんな悠季の背中を見つめた未夢が、声を掛けると、

「いいよ」と、『今更・・』と、ぼやくように下を向いたまま応えた。

そんな悠季の顔が持ち上がると『負けるものか』と、
一点集中を決めて、戦闘モードへのスイッチを入れると、学校へ行った。

あれから、10日が過ぎると、
「ただいま~」と、いつもの悠季が戻った、「今日、席替えをした」と、

晴れ晴れとした顔が、嬉しそうに微笑むと、外へ飛び出した。
悠季を見送る未夢は『また、1つ、本来の悠季を取り戻した』と胸をなで下ろす。

自分の足で立ち、自分の足で歩く。そんな悠季の姿を見た。

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