虐待死のニュースは本当に辛いです、周りの大人たちが気づいても、また1度は保護しても救えない子供の命、なぜか、それは大人目線のせいです。

ごあいさつ・お願い

■このページは、実話を元に『躾という暴力』を掲載します。

  ・なぜ?・・大人の視線は、『暴力を躾と見なす』
  ・なぜ?・・父親の暴力を知っている家族なのに、『躾と見なす』
  ・なぜ?・・暴力をふるう父親は、『子煩悩で優しい』と世間の視線は高評価
  ・なぜ?・・世間は大人たちは、『子供よりも、親・大人を信じる』
  ・なぜ?・・裁判を起こしても、裁判官は『子供よりも、親・大人を信じる』

  ・子供にとって、親の暴力は恐怖そのもの『次は、お前だ』のメッセージだ。
  ・子供には味方がいない、助けを求めても大人は助けてくれない『孤独』を噛みしめる。
  ・子供は1人では身動きが取れない、親の『暴力は脅迫』も植え付ける。

■タイトルは、: 傷ついた子供の心『虐待の後遺症と対処法(心のケア)』です。
・内容は全て、実話。登場人物はすべて、匿名。

■問い合わせは、設置している、こちらのmailにて、お願いいたします。
・質問、・疑問、・苦情も含めて、何か気になる事、お気づきの事など、なんでも受けつてます、

■決して “ない” と思いますが、くれぐれも無断転記はご遠慮くださいませ、<(_ _)>。
 あなたにご迷惑をおかけしてしまいますので、是非、よろしくお願い致します。

『子育て』楽しんでいますか、
子どもとの向き合い方、接し方などのお手伝いができれば、嬉しいです。_(._.)_

あらすじ

悠季2歳11ヶ月の時に両親離婚。離婚の切っ掛けは、兄18歳の突然の事故死だった。
父親の偽善は悠季を連れて、実家がある岩手へ引っ越した。

母親の未夢は、別れて約1ヶ月後の娘の悠季と再会、すると、1ヶ月前の元気いっぱいの悠季の姿はなく、一言で言えば『心ここにあらず』の状態だった。

そんな悠季が気になる未夢は、偽善に「引き取りたい」と、訴え続けるが「渡さない」と拒否。
話し合いも出来ずに1年の時が流れて、再び、悠季が住む岩手へ、未夢が行くと、

「ママのお家へ行こう、ママと暮らす」と、悠季は必死に、未夢に何度も何度も訴えた。
そんな悠季の声が部屋の中にいた偽善を呼び出すと、未夢にしがみつく悠季をむしり取った。

悠季の必死な訴えに背中を押された未夢「親権移動の裁判」を起こす、が、『却下』。
不服申立てを二度、三度の判決は『却下』だった。

未夢は『却下』の現実に悩むが、悠季の必死さが訴えるものを考えると『法を犯す』決断をした。
その後『生きていてくれてありがとう、連れてきて良かった』と、何度も噛みしめた未夢。

慎也・未夢・悠季の3人の生活が始まると、安心を得たのか悠季は未夢と2人の時間を刻むと、
怯えるように「死ぬのが怖い」と、訴えるようになり、その後は度々言葉にした。

その言葉の意味が気になった未夢だったが、悠季が自ら話す時まで待つことにした。
そうして、1年・・2年・・と時を刻んでいく中で、悠季の異常とも思える行動が表面化した。

未夢と慎也が大きな声で話をしているだけで・・「やめて」と、悠季は酷く怯えて泣く。
3歳という言葉で「3歳なんか大嫌いだ、無ければいい、ママのお腹に戻りたい」と『はじめからやり直したい』と 声を張り上げる悠季は、恐怖に戦くように未夢にしがみつき泣き続ける。

悠季を見つめる未夢は不安が膨らむ、そんな悠季の寝姿にも『恐怖』が語られた。 その姿は寝姿とは言えない、まるで仮眠をとるように『正座して前に倒れ込んだ姿』で、眠りに就く。
この時期は、僅かな物音で目を覚まし未夢が隣にいないと悲鳴のような甲高い声で大泣きした。

日常的に何かに怯える悠季は、ひとりぼっちを嫌う、落ち着くことが出来ずに集中力もない、学校では問題児として扱われた。 そんな日々を見つめる未夢は、悠季と離れていた2年間を悔やむ。

徐々に、悠季の心が抱えた恐怖が、涙と共に語られる、
その内容は未夢の心までも凍らせる・・出来事だった。

怒鳴る、叩くは当然のように繰り返され、突然、背後から物が飛んでくる『不意打ちの恐怖』も加わる。 正に、家庭は地獄を示すように、逆らえば、気を緩めれば『お前は死ぬ』を語る日常だ、
悠季は恐怖を覚えて、実家へ逃げ込むと「暴力とは認めず躾」で処理されて偽善に連れ戻される。

偽善は、パチンコへ行く時も『悠季を連れていく』そんな姿を他人が目にすれば
『優しく、子煩悩』『仲のいい親子』『がんばっているお父さん』と、映るだろう。

ところが、悠季を連れて、川へ行ったとき、川へ落ちた悠季は「助けて」と、何度も偽善に叫んだが、 偽善はニタニタと笑みを広げて、恐怖に怯える悠季の姿を見ているだけだった、

悠季は、徐々に自分には見方がいないことを悟る、孤独と向き合う日々の中で、悠季を支えたのは動物たち、ペットの存在だった。 そんなある日、実家で子猫が生まれ偽善が一匹貰って帰ってきた、が、翌朝、悠季が座るコタツのテーブルの上に子猫の死骸があった。 息を呑んだ悠季は、ただただ身体が竦み恐怖に怯えながら、冷たくなった子猫を抱き泣きわめいた。

実家では偽善が殺したことを認識し注意をすると、再度、子猫を手渡した。
翌朝、悠季は再び、コタツで子猫の死骸を目にした。

偽善は悠季に『次は、お前だ』と、無言のメッセージを送り続けた。
悠季は『次は、私だ』の思いから『死ぬのが怖い』を学んだ。

実家では、偽善が虐待や暴力を振るっている事を知っているのに、なぜ・・、実家へ逃げ込んだ悠季を「暴力ではなく躾」と見なし、偽善に渡す・・、連れ戻された悠季は父親の暴力に晒される、

未夢と暮らす悠季なのに・・、偽善から離れて2年・3年の時が過ぎているのに・・、
過去に味わった、当時に味わった、恐怖が、今も現在も悠季を襲う。

悠季が刻む時は、過去の恐怖(偽善との生活)、時が止まっている時間だった。

泣きながら、怯えながら、当時に味わった恐怖と向き合う悠季、ひとつひとつのトラウマと向き合う。 自分の意思で、自ら行動を起こして、悠季はトラウマを克服していく。

そんな悠季を見つめる未夢は「生きていてくれてありがとう」と「連れてきて良かった」を、何度噛みしめたか・・、 3~8歳に歩んだ壮絶な時間の話です。

子供の思い、子どもの意思、ほんの少しでも、何かが届くといいなぁ。

「子育てとは何?」 「躾とは何?」 「躾と称する暴力とは、いったい何?」
そして「子供を救えるのは、いったい誰」を、
                        一緒に考えて頂けると幸いです。_(._.)_

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