心の傷は心の中から外へ吐き出さなければ心は救われない。理解をしてくれとは言わない、ただ、辛い気持ち、悲しい気持ち、恐怖などの思いに寄り添ってもらいたい。

㉑ ある人VS無い人(虐待・暴力体験)

悠季の話を聞いていた未夢は、その話の内容に呑み込まれた。
そんな未夢が抱えた恐怖は、未夢の心が受け入れる許容量を遙かに超えて、・・漏れた。

  悠季が眠りに就いた事も、慎也が帰ってきた事も、そんな慎也に夕食を出した事も、
  そして慎也の向かいに座り、未夢が話していた事も・・、何もかも・・記憶がない。

未夢は目を開いているのに・・、行動を起こしているのに・・、それらは全て無意識だった。

「そんなことあり得ない!」遙か遠くから、突然、慎也の怒鳴り声が・・「嘘だよ! 悠季ちゃんが何か、勘違いをしているんだよ! そんなことをする訳がないだろう!!」

   『えっ・・、今・・、私、何か、話をしていた?
    ・・・あれ、慎也、いつ、帰ってきた? 何で、夕食がある・?』

   と、あたりを見渡す未夢、すると、徐々に・・未夢の意識が戻ってきた。
   未夢の目の前に座る慎也、その顔は・・怒りに震えていた、そのとき、

「嘘なんかついていない、悠季は本当のことを言っている。
私は、悠季を信じているし、偽善さんならば、やりかねない、イヤ、やると思う。」

未夢の怒りは慎也へ投げ込んだ。

「いい加減にしろよ! やる訳がないだろう、父親なんだから」と、未夢へ『黙れ!』と怒鳴る。

慎也は、父親という人間像を高く評価し尊敬している。だから、 父親とは『子供へ暴力を振るわない存在だ』と、敬意を示した答えが、『暴力ではなく、躾なんだ』と、主張する。

慎也から固定観念をぶつけられた未夢は、

「慎也には解らないのよ、今までに、そういう人に出会った事なんか、ないからね、
幸せな人生を歩んできたんだもんね、解る訳がないわよね!」と、未夢は感情を飛ばす。

「ああ解らないね、そうだよ、俺はそんな奴らに出会った事がないからなぁ、
幸せな人生を歩んできたからな!」と、慎也が開き直った。

慎也の開き直りの言葉が未夢を冷静にした。『私は何に対して怒っている・・』と、自問自答、 『そうだ、悠季の話を嘘と言われた、それは、悠季だけを否定する言葉ではなく、未夢自身も否定された』と、 事実を嘘と言い放す慎也への怒り・・だと。

静止する空気に・・、未夢はゆっくり、静かに、喋り始めた。

「横浜で暮らしていた当時に、偽善さんは、犬を飼いたがっていたけど、私は『お金がない、ペット禁止の部屋』を理由に、反対し続けた。 それでも、気になるから、私がバートへ行く前には、必ず『買ってこないで』と、再三に渡って言い続けた。

そんなある日、私がパートから戻ると部屋の中に子猫がいたの。
ちっちゃくて、まん丸の目をした可愛い子猫、・・・言葉が出なかった、
すると『安かったから、カードで買ってきた、6万円』と、ヘラヘラしながら言った。

私はぶち切れた、あんなに何度も言ったのに・・の思いが『私は、面倒を見ないから』と、言葉を吐き捨てて偽善さんに背を向けた、その時、子猫が目の前を通過した、 しかも、偽善さんが飛ばした『死んじまえ!』の言葉を添えて・・、でもね、子猫は立ち上がった。

偽善さんはそんな子猫を鷲掴みして『死ね!』って、足下に落としたり壁に向かって投げつけたり、その度に子猫は立ち上がった。私は何度も『止めて』って叫んだ。 でも止まらなかった、だから、子猫が投げられる方向へ私が飛び込んだ、すると驚いた顔を見せてパチンコへ行った。」

慎也の顔は未だに怒り・・の表情。

「偽善さんが感情的に暴力を振るう事は私も知っている、横浜に住んでいる時は私への暴力が続いていたから、 また、突然、物を投げる癖がある事も知っている。

場面は関係ない、どんな時でも偽善さんの感情が怒りに震えたら、まず、物を投げる。

例えば、食事をしている時でも、何が気に入らないのか、突然、テーブルの上にある食器やおかずを掴むと、投げた。それでも物足りなければ、お鍋ごと投げる。 また、何かを思い出したのか、偽善さんの感情が高ぶると、私が、例えお風呂に入っていても、扉を開いて物を投げ込んだ。

なぜ怒るのか、そのタイミングは・・全く、つかめなかった。
それでも言える事は、偽善さんが『俺に逆らった』と、思った時だと思う。

そんな偽善さんに『止めて』と、訴える事は、逆らう事になり、暴力が続く。
だから、涙を見せず『さあ、殺せ』って、私は開き直った、すると止めた。

そんな、偽善さんを良太も怖がっていた。それでも悠季のことだけは、可愛がっていた、
子猫は、悠季が欲しがったから買った、と、言っていたし・・。」

全く慎也の声が聞こえない、それだけじゃない、表情にも変化は無かった、むしろ、『何、言っているんだ』と、呆れているかのように、未夢に対して横を向いたまま、前を見つめていた。

「慎也に解ってもらいたい事は、偽善さんが起こした出来事じゃない。
そんな事は、解ってくれなくてもいい、どうでもいい。

そうじゃなくて、今も、悠季は、怯えている事を知って欲しい、解って欲しい。
悠季は、嘘をついていない、悠季を信じて欲しい。ただ、それだけだから・・。」

口を閉ざした未夢の視線が慎也へ流れたが、口は動く気配など無く、姿勢も、表情にも、何の変化もなかった。 その事に落胆した未夢は、慎也の前に座り続ける事が出来ずに立ち去った。

慎也を信じ切っていた未夢にとってこの出来事はショックだった、
そんな未夢は、必死に自分に言い聞かせる。

誰だって人の痛みなど解る訳がない、解らなくて当たり前。 自分が体験していなければ・・理解など出来ない。それは慎也も例外では無かった。 これが現実、自覚せよ、所詮こんなもの・・と。

㉒ 暴力は伝染する?

家族という信頼の絆は『安心』という土台があればこそ生まれる。
そして、安心という土台は『信頼』という絆を育てる。

未夢は、慎也に対して絶対的な安心と信頼を寄せていた。だからこそ、自分の思いを、何でも言葉に出来た。この流れは、未夢の心を救い、ストレスを貯めずに日々の時を刻めた。

ところが、今回の出来事で未夢が学んだ事は、話す事によって心の傷を深くする事』だった。
そんな未夢は慎也に対しても、無意識に話す内容を選ぶようになった。

すると、未夢は想像を超えるストレスを抱えた。

話してはいけない』と思う気持ちは、全ての言葉(日常的な会話も)を取り上げる。
慎也との会話が出来ない未夢は、慎也が家にいるだけで、目にするだけで、イライラを募らせた。

そんな未夢は「うるさい」「止めて」「ヤダ」の否定単語のみを使い、自分の居場所を消した。
すると、その当時の未夢の居場所は、台所のみ、しかも、カウンターの裏だけ、となる。

息苦しさが増す日々の時が、どんどん積み重なった、そんなある日曜日、
慎也は、いつものように畳の上で寝転んでいる。未夢も、いつものように台所の中にいた。

すると「そんなところで寝ないでよ。」と、突然、未夢は理由無き怒りを飛ばした。
その時、すくっと立ち上がった慎也は、両腕を下へ、手は怒りを込めるように拳を握りしめた。

「うるさいんだよ!」と、『我慢の限界だ』と叫んだ。

その怒鳴り声は見事に未夢の心臓をぶち抜いた。呆然と立ちすくむ未夢、そんな未夢を目の当たりにした慎也は、一瞬、戸惑いながらも『怒鳴る事によって未夢の口を封じた』この事実に、驚きながらも、爽快感も体験した、慎也の顔が緩んだ。

慎也が学んだ『怒鳴る』という行為は、この時を境に未夢へ飛ばし続ける。

始めは意識して怒鳴っていた慎也だったが回数を重ねる事によって、『怒鳴る』事に慣れ、絶妙な『タイミング』までも学んだ。 すると、慎也の顔には『優越感』のような笑みまでも広がった。

慎也の怒鳴り声は日を追うごとに回数が増え、顔には優越感を光らせる悪魔の笑みが広がる。
一方、未奈は怒鳴られ続ける事で、台所から抜け出せず、しゃがみ込んで泣く日々が続く。

支配者となった慎也には、涙に埋もれる未夢の姿など・・見えない、
それどころか、優越感に浸る慎也は、未夢の口が動こうものなら・・、慎也の怒鳴り声が飛んだ。

しゃべる事も許されず、泣き疲れた未夢は、止まらない涙を落としながら立ち上がると、

「最近の慎也は怒ってばっかり、そんなに怒ってばかりいるのなら、私は、この家を出て行く。
出て行きたーーい。」と、未夢の大声が鳴り響き、大声を張り上げて泣き崩れた。

慎也は、驚いた顔のまま・・固まった。
まるで『自分が怒鳴っている事』に、始めて気付いたかのように・・

慎也は、この時を境に『怒鳴る』事を止めた、が・・、

怒鳴る行為を学ぶ時は、とても楽しそうな顔を見せていたのに・・、
怒鳴る行為を止める時の慎也の顔は・・とても苦しそうだった。

家庭崩壊が生まれるタイミングは、安心という家庭の中に潜む、家族が抱える不安な心である。

共に暮らす家族でも、気遣いがあるからこそ、相手への労りや思いやりが生まれる。
だから、悩みながらも同じ道を歩むことが出来る・・・と思う。

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